411.何もしない贅沢を忘れていたわ

 休日を取らないと言っても、半日だけ寝ていた日はあるの。前夜にテオドールと激しすぎる運動をしたツケだけど。何も予定のない休日は久しぶりすぎて、朝から困惑してしまった。


「何をしようかしら」


「なぜ、何かをする必要があるのですか」


 質問に質問を返された気分よ。テオドールは私に合わせて休みを取り、ちゃっかり隣で休暇を満喫している。私が一緒なら、視察だって新婚旅行になる男だもの。結婚前の側近集めは、彼の中で婚前旅行に分類されていた。偶然知ったのだけれど、知らない方がよかったかも。


「だって時間がもったいないわ」


「もったいない……ですが、休暇自体がそういった概念の時間です」


 私とテオドールの休暇に対する概念が違いすぎるわ。前世の記憶があるせいかしら。休暇があれば予定を立てて、どこかへ出かけるの。でも女王がふらふらと出歩くわけに行かないから、王宮周辺に限られるわよね。


 よくて王都に出向けるかどうか。警護の問題を考えれば、やっぱり無理でしょう。急すぎるわ。もっと前から計画しないと。護衛の騎士の都合もあるし。


 考え込んだ私は、まだベッドの上だった。いつもなら身支度を整えて食堂にいる時間……あっ!


「子ども達の食事は」


「今日は乳母や侍女が対応します。休暇ですよ、ヒルト様」


「仕事は休んだけれど、母親まで休んだ覚えはないの」


「では私も父親失格でしょうか」


 話をすげ替え、揚げ足を取り、何とか休ませようとする。ベッドから降りようと身を起こせば邪魔され、諦めて肩の力を抜いた。腕枕をして満足そうなテオドールの顔を見ながら、頬に手を滑らせる。


「結局、テオは何をしたいの」


「あなた様とこうして、無駄な時間を過ごしたいです。ご褒美と思って我慢してください」


「褒美を自分で強請るなんて、悪い犬ね」


 ふふっと笑って天蓋を見上げる。見慣れた風景なのに、窓のカーテンの隙間から明るい光が差し込んでいるだけで、悪いことをした気分だわ。昼間から寝転がっているなんて、どのくらいぶり?


「今日を除いても六日もあるのよね」


「六日しかありません」


 この温度差も、言い争いも、覚えがあるわ。普段は従順なくせに、休みや体調に関することは煩い人。だから私は突っ走って来られたのかも知れない。我が身を顧みず動いても、支えて叱る人がいて、いつでも手を差し伸べてくれる。


 最高の贅沢だわ。


「感謝してるのよ、テオ」


「でしたら、今日はこのまま。私への褒美として無駄に過ごしてください」


「いいわ。でも明日も同じは嫌よ?」


「ご安心ください。明日は子ども達が押しかけてきます」


 確信を持って告げる様子に、私の知らないところで計画があると気づいた。ここは根掘り葉掘り尋ねるより、知らないフリで受け入れるのが正解ね。いいえ、正解じゃなくてもいいの。


 可愛い子ども達や愛しい夫が考えてくれた休日なら、何もしなくても最高の気分で過ごせるはず。私が失っていたのは、心の余裕ね。大陸制覇という結果への道筋が見えたことで、焦ってしまった。


 エレオノールだけでなく、外へ出た側近達も協力していたとしたら……まんまとしてやられたわ。悔しさすら浮かばず、ごろりと寝返りを打った。折角だから甘えさせてもらうわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る