246.おかえりもただいまも不要ね

 やっと三日間の罰が終わる。本当に彼は顔を見せなかった。一度だけすれ違ったが、丁寧に頭を下げて見送られる。なぜかしら、私が罰を受けた気分だわ。


 顔を見せたらこき使ってやるんだから! 理不尽な怒りをたぎらせる。他の人なら我慢するし、飲み込む。それ以前にここまで不愉快にならなかったでしょうね。でもテオドールだから許されるの。私のためなら、一瞬で首を掻き切るような男よ。この世界で私のために生きるテオドールの存在は、大きかった。


 自覚はあるの。私はおそらくテオドールを愛している。誰より私の心深くに根差し、誰より私を理解しようと努力した男だわ。夫として、彼以上に私を尊重する人は見つからないでしょう。女王である私の地位を絶対に揺るがさない、理想的な王配だった。


 公でも私でも、テオドール以外の男はごめんよ。素直に言ってあげる気はないけど。


 ノックの音が響く。応じれば、テオドールが顔を見せた。静かに頭を下げ、声掛かりを待つ。目の下に隈があり、少し痩せた気がした。気のせいかもしれないけど。数日ぶりに見た婚約者は、まだ声を発していない。


「何をしているの? お茶を淹れて頂戴、テオドール」


「承知いたしました、ブリュンヒルト殿下」


 これが合図で許しで謝罪なの。お互いに何をしていたか尋ねる必要はないし、詮索もしない。ただ彼が私の隣に立つのが、何よりしっくり来るだけ。


 お茶を淹れる彼の背中を、ぼんやりと見つめる。書類処理の手は完全に止まっていた。振り返ったテオドールは咎めることなく、穏やかな微笑みでトレイを運ぶ。美しく磨かれたカップとソーサー、水色すいしょくの美しい紅茶、待ち望んだ執事の微笑み――完璧だわ。


「お待たせいたしました」


「ありがとう」


 受け取って、匙を入れる。くるりと回してお茶に口を付けた。いつもと同じ手順は考えるより先に手が動く。お茶菓子を用意するテオドールに指示を出した。


「あなたのお茶も用意して、ここに椅子を運んで一緒に飲みなさい」


 命じた形になるけれど、執事には無理な要求だった。彼が私の婚約者になったから出来ること。お茶や食事に同席し、王配候補として振る舞う。目を見開いた後、テオドールは嬉しそうに微笑んだ。


「嬉しいお誘いに感謝いたします」


 すぐに自分のカップを用意すると、当然のように彼は私の向かいに陣取る。整った顔を笑顔で満たし、幸せそうに私を見つめるだけ。お茶の香りや味を楽しむ様子はなかった。


「何がそんなに楽しいのよ」


 苦笑いすれば、テオドールはさらに見惚れるような表情を浮かべた。綺麗な顔は見慣れているけれど、目を奪われて言葉が出ない。


「あなた様が目の前にいて、私を映してくださる今が幸せなのです」


 遠回しに攻めてくるなんて、やるじゃない。それでこそ私の夫になる男だわ。次から違う罰にしてあげる。もう謹慎は命じないことにした。

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