341.謙遜も過ぎると嫌味になるわよ

 妊娠の一報は、すぐに女王陛下の耳に入ったみたい。いつもなら呼び出すのに、今回は私の執務室へ足を運ぶほど。


「おめでとう、ヒルト。しばらくは執務も控えて、安定するまで休んだらどうかしら。それとテオドール、よくやったわ」


「ありがとうございます、お母様。お心遣いは嬉しいのですが、忙しくなるタイミングですの」


 クリスティーネと書き込んだ地図を差し出す。愛称で呼ばれたので、私も私的な対応を心がけた。女王であると同時に私のお母様なのだもの。妊娠のお祝いに来てくれたのは、素直に嬉しい。


 休めるならそれもいいけれど、側近のもたらした外交結果を放置できる時期ではなかった。


「随分と性急に進めているわね」


 指先で地図をなぞりながら、お母様は驚いたと素直に表現する。確かに動きが速いのは認めるわ。過去に考えた計画ではもっと時間がかかるはずだった。実際、側近の悪役令嬢達がいなければ、倍近くの時間を費やしたでしょう。


「手足になってくれる側近が有能過ぎるのですわ。制御するだけでいいんですもの」


「あらあら、謙遜も過ぎると嫌味になるわよ。少なくとも、私の手駒より優秀ね」


 お母様の過ぎたお褒めの言葉に、自然と頬が緩んだ。自分が褒められたことより、側近が認められた事実が嬉しい。


 影を司るテオドール、お兄様と武を極めるエルフリーデ。エレオノールは秘書官として文官を束ねる。外交担当のクリスティーネは、先回りして動ける判断力があった。そこに加えてリュシアン……ハイエルフを味方につけたことで、獣人やエルフを組み込みやすくなった。


 すべてが上手く機能している。前世の知識様様さまさまね。


「気をつけなさいね、順調な時ほど足下が疎かになるわ」


「ご忠告感謝致します。肝に銘じます」


 地図を畳む私に、お母様が後で書き写させて欲しいと口にした。各国のこれからの動きが読める地図なんて、宝ですものね。テオドールに届けさせる約束をしたところで気づいた。


「お母様、お父様はどうなさったの?」


 いつもなら、お父様の方が先に駆け込んできそう。知らせてないのかしら。


「バッハシュタインの相手をしているわ」


 シュトルンツ国で筆頭公爵家の地位をもちながら、王家の血を受け継がない唯一無二の存在よ。王家の監視役として、お祖母様が作り上げたシステムだった。


「何かありまして?」


「あなたの動きが早過ぎて、心配になったのね……きっと。探りを入れてきたのでしょう。ちょうどカールもいないことだし?」


 くすくす笑うお母様の余裕から、お父様が上手にあしらってくれるのだと理解しました。女王を受け継ぐ前の王太女が、あれこれと手を打ち過ぎる。急ぎ過ぎる改革は反発を生むわ。


 亡国の王族だったから、バッハシュタイン公爵は理解している。いま私達を称賛している民は、突然手のひらを返して裏切るのだと。安泰な国家運営は存在しない。


「有難い警告ですわね。次はぜひ、私が応対させていただきたいと思います」


「そうね、お腹の子が生まれてからになさい」


 にっこり笑って承諾のカーテシーを披露する。さっと後ろで支える手を準備するテオドール。まだお腹も目立たないのに大袈裟よ。笑い飛ばした私に、お母様は溜め息を吐いた。


「やっぱり心配よ。頼むわね、テオドール」


「承知いたしました」


 頭の上を飛び越えて失礼な会話をしないで。

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