342.仕事がないとすることがないの
お母様は二人目の孫が生まれたら、私に譲位するつもりだったらしい。そのため、妊娠が発覚した翌日から動き出した。
譲位自体は王家の判断で可能よ。けれど根回しは必要だった。女王陛下であるお母様が退くなら、その側近が最前線から一歩引く。新たに女王となる私を支える人材を、後ろから支える形になるの。
表面上は宰相職を続けるバルシュミューデ侯爵も、実質的な権力の移譲を考えるはず。私自身より、周囲の負担が大きかった。次期宰相としては若過ぎるエレオノール。若い女性で、ミモザ国の元王女の肩書きは、きっと足を引っ張るわ。
彼女の実力を知らしめ、貴族や民を納得させる成果が必要になった。きちんと力を示さず宰相になれば、貴族達は足元を見る。勝手な行動をされれば、そのツケはすべて私やエレオノールに降りかかるんだもの。
騎士団を纏めるカールお兄様の公爵位継承も急がなくてはならないわ。私が女王として即位した途端、お兄様は王族ではなくなる。王位継承権も消滅する仕組みだった。エルフリーデは実力を示して騎士団を掌握している。このまま任せても問題なさそうね。
クリスティーネは、すでに外交官を束ねる頂点まで上り詰め、己の地位を確立していた。交渉術に優れているのはもちろん、ハルツェン侯爵令嬢のユリアと気が合うみたい。我が国初の女性大使に上り詰めた実力者ユリアとは、今後も仲良くしたいわ。
ローヴァイン男爵が貴族派を上手に操ってくれるから、私は欲しい情報や施策の根回しが楽になった。クリスティーネが夫候補に望んでいるの。上手くいってくれたら良いわ。噂では、二人で街を歩く姿を目撃されたとか。
噂を流したのがユリアなのよね。テオドールの情報で知ったけれど、あの二人は本当に仲がいいのね。似た者同士なのかも。
「ブリュンヒルト殿下、冷えますのでこちらを」
仕事をお母様に取り上げられ、書類がほとんど回って来なくなった。昨日の今日なのにね。午前中に処理したら、書類が消えてしまって……午後はうたた寝しながら窓辺で寛いだ。
私、仕事がないとすることがないの。趣味の一つもないなんて。でもこんな時間を過ごすの、いつ振りかしら。
開け放ったガラス扉から吹き込む風が、少し冷たい。言われるまま素直に毛布を受け取った。お腹と足に掛けるだけで十分ね。
「テオドール、報告はないの?」
「はい、私の方ですべて処理いたします。ご心配なさらないでください」
こちらも頑なね。私に何もさせないつもり? カールお兄様が帰ったら、さらに過保護が加速しそうだわ。
「あ、そうだわ! カールお兄様とエルフリーデの結婚式の準備、それから公爵位の……」
「すべてエレオノールと私で行いますので、お休みください」
取り尽く島もなく遮られてしまった。兄と義姉になる側近の結婚式くらい、関わらせてくれてもいいじゃない。
ぷくっと頬を膨らませると、テオドールは笑いながら頬を手で包んだ。私より冷たい指先が優しく撫でる。
「ではこちらを」
私が拗ねるのを先読みして、準備したのね? 渡されたのは飾り付けのカタログだった。お兄様達の結婚式だもの。豪勢だけど品よく仕上げたいわね。
「参考にどうぞ」
エルフリーデが選んだドレスのデザイン画と、お兄様の衣装。彼女のイメージなら明るい色の花がいいわ。数種類のプランを作って、選んでもらいましょう。
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