幕間
226.(幕間)棘のある薔薇か、毒百合か
ルピナス帝国第一皇子に生まれ、皇帝になる未来が示された。母の実家が後押しする。だが、父である皇帝は第二皇子アウグストと、私を天秤にかけた。
第一皇子として恥ずかしくない成績を残してきたはず。皇后である母は政略結婚だが、側妃として入ったアウグストの母は違う。視察に向かった先で、偶然出会った女を見初めて連れ帰った。母が出産直後だったこともあり、すぐにお手付きとなり子を宿す。
生まれた子が皇子と知り、母は覚悟を決めた。正当なる血筋の私を跡取りとするため、血で血を洗う争いに手を染める。その決意は固かった。
ルピナス帝国には、皇帝の子はすべて皇后の子として扱う風習がある。真実、私は母の胎から生まれたが、異母弟も皇后の子として登録されるのだ。その不条理を母は許さなかった。
母方の一族の猛抗議により、法律の改正が行われる。お陰で、皇后の子は私一人となった。血筋が正しく、皇族として恥じない成績と実力を誇る私が、皇太子に認められるのは当然の流れだ。しかし側妃の甘言に惑う皇帝は決断しない。
苛立つ状況で、それは突然飛び込んできた。この大陸で一番大きな領土を誇るシュトルンツの王太女が来訪する。様々な国を吸収し、合併し、飲み込んだ巨大勢力だ。もし彼女を味方につけることが出来れば、皇帝である父も皇太子に選ぶしかない。反対出来ない状況に持ち込んでやろう。
庭を散歩するシュトルンツの王太女は、穏やかな笑みを浮かべる優雅な所作の美女だった。金髪は光を弾き黄金の如く、紫の瞳は知的な印象を感じる。側近が持ち帰った情報では、婚約者はまだ決まっていないらしい。
もし彼女を手に入れれば、シュトルンツ国も私の物だ。そうなれば、ルピナス帝国を一気に大きくし、歴史に名を残す皇帝になるのは間違いなかった。期待に胸を弾ませ、接触を試みる。礼儀正しく下手に出た私を、彼女は一蹴した。声すら掛けずに。
このような無礼が許されるはずがない。怒りに震え暴言を吐き、側近や侍従に命じた。用意させた痺れ薬を、夜会前の軽食に仕込む。彼女がふらついたところでエスコートして連れ出し、手篭めにすればいい。女など抱いてしまえば、いくらでも従わせられる。
自信満々で臨んだ夜会は、思わぬ展開となった。愚かな第二皇子アウグストが婚約破棄騒動を起こす。よりによって男爵令嬢と恋に落ちただと? あの愚か者は、皇位争いから脱落した。胸を撫で下ろす。
しかし混乱した広間で、話題は移り続けた。ワインを浴びせられたシュトルンツの王太女は、父であるルピナス皇帝すら断罪する。
危険を避けるために距離を取り、視線を合わせないよう振る舞った。なのに……痺れ薬の仕込みはバレており、王太女をエスコートした臨時大使に証拠を突きつけられる。やたら整った顔だけでも腹立たしいのに、礼儀も話し方も、その理路整然とした断罪すら完璧だった。
私は何も悪くない! 悪いのはすべてアウグストではないか! 必死で無実を叫ぶも……誰も認めてくれなかった。次期皇帝である私を誰か助けろ!
声が出ないほどの激痛が指先に走り、呻きが喉の奥に張り付く。アウグストの逃走で話が有耶無耶になることを望んだが、そんなに緩い相手ではなかった。
ああ、私は手を出す相手を間違えたのだ。シュトルンツからの正式な抗議で、貴族院は皇族に罰を与えた。皇帝は権力を奪われ幽閉、私は皇族の地位を失い、牢で処刑の日を待っている。
シュトルンツの王太女は、美しくも鋭い棘のある薔薇だ。いや、毒百合だろうか。どちらにしろ、私に未来はない。処刑が一瞬で済むことを祈りながら、静かに目を閉じた。
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