225.八百長も極めれば立派な真実だわ

 6人いた婚約者候補は、この時点で半分に絞れた。周囲からは、そう見えたでしょう。貴族派が二人脱落、王族派も一人辞退した。ここでシェーンハイト侯爵家三男のクラウスは、何も動かない。


 正しい判断だわ。最終的に自分が選ばれないと知っているクラウスだけど、動いたら悪く言われてしまう。もし選ばれようと擦り寄れば、王族派の重鎮キルヒナー公爵達に睨まれる。だがハインリッヒに続いて辞退したら、私に何か欠陥があるのでは? と噂されるでしょう。


 動かずに様子を見るのが一番正しい対応だった。テオドールとリュシアンだけ残る事態になれば、八百長試合と指摘されても反論できなかった。現実がどうか、ではない。他人の目にどう映るか、が重要なの。


 八百長だろうなと思っても、そう断じるだけの証拠がなければ貴族は口にしなかった。うっかりした一言が噂になり、その責任を取らされるのが嫌だからよ。


 クラウスの望みは、文官として王宮で成り上がること。己の才覚ひとつで、地位を得ることだった。叶えるために必要なのは、未来の上司である王太女の推薦ね。彼が私の望む役を演じてくれれば、私もクラウスを文官に取り立てる。


 実力に応じた地位や報酬は約束するし、実家だって悪いようにしない。彼はその取引を、言葉にしなくても理解していた。


「僕、ちょっと食べてくる」


「気をつけるのよ」


 美しく幼い見た目に騙される貴族に食べられないようにね。そう注意を口にして、私は大きく息を吐き出した。女王陛下の前で演じる劇は、普段以上に疲れた。


「こちらをどうぞ」


 毒見をした白ワインを受け取り、口をつける。これまたジュースで割ったのね。林檎かしら。香りがよく甘過ぎない白ワインのグラスを半分ほど空け、エルフリーデが差し出したチーズを摘む。


「クリスティーネはどうしたの」


「先ほど、外交をしてくると仰っていましたわ」


 エレオノールが視線で示す先で、キルヒナー公爵を始めとした王族派の群れに交じる彼女を見つけた。豊かな黒髪を揺らし、数倍の年齢差を物ともせず話術を繰り広げる。


「私も失礼致します」


 優雅に一礼したエレオノールは、文官達が集まる一角へ足を向けた。実力者揃いの王宮派は、勢力としては中立だ。これを上手に取り込むことが彼女の課題だった。


 和やかに文官と交流を進めるエレオノールだが、彼女は獣人だ。ピンクのウサ耳は今日もふわふわと頭上で揺れる。差別意識が強い貴族より、実力主義の文官の方が制圧しやすいだろう。


 得意不得意を理解し、己を生かせる分野で動く。二人とも立派に役目を果たしていた。私の護衛に立つエルフリーデは、うろうろと歩き回る熊のような王子に困惑顔だ。


「エルフリーデ嬢、踊って欲しい」


「護衛の任務中ですから」


「私も王族だ」


「王太女殿下の専属ですので」


「頼む、ヒルトには私から説明する」


 ローゼンベルガー王子殿下と呼ばれる人が、なんとも情けないこと。


「カールお兄様、踊ってらしたら? エルフリーデ、悪いけれどお願い」


 相手をしてあげて。気の毒になって、水を向ける。二人は手を取り合ってフロアへ滑り出た。女王の退場後は、歓談する壁際と踊る中央に分かれている。楽しそうに踊る二人を見ながら、くすっと笑いが漏れた。


 あの二人、恋人同士のはずなのに動きが固いわ。ステップも体捌きも間違ってないのに……ああ、分かった。まるで剣舞のようなんだわ。きっちり計ったように動くから、機械のようにぎこちなくなるの。初々しくて、これはこれで素敵ね。

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