437.もうすぐ私の役目は終わりね
五年が経過し、娘に譲位する日のカウントダウンが始まった。大きな叛逆行為もなく、ぼやのうちに消しとめている。もう余程でなければ、シュトルンツ国の支配が揺らぐ心配はないでしょう。
私が四十歳を越えたから、譲位は遅すぎるくらいね。でも、結婚したヴィンフリーゼになかなか孫が出来なかったの。跡取りが出来たら子育てをして、それから譲位なので仕方ないのよ。
実際、私も結婚が遅かったから分かるわ。子育てが一段落しないと、執務の時間なんて取れない。子が宿るタイミングばかりは、本当に神頼みだった。もしヴィンフリーゼが産めなければ、パトリツィアの子を養女に据える予定だったの。だから焦りは少なかったわ。
大陸に残る国は四つ。あれから一つ減っただけ。ここから先は私が手を加えなても、勝手に達成されるでしょう。重力に従う水のように、流れが逆さになる心配はない。
「最後の魔国だけは、私が交渉するわ。生きている間に間に合うといいけれど」
「長生きしていただきます」
ぴしゃりと言い切るヴィンフリーゼは、昔の私を見ているよう。物言いがキツくて、でもそれなりに譲歩も出来る。この子なら、国を傾ける心配は不要だった。きっと穏やかに維持してくれる。
「お父様も、そろそろ引退を考えては?」
女王の玉座の隣に用意された黒檀の椅子で、テオドールは娘の言葉を否定した。
「まだまだ、私が必要な場面もありますので」
遠回しに断る夫だけど、そんなに頑張らなくてもいいのに。大広間で開かれた夜会で、私は玉座に座る。これもあと何回あるかしら。この席をヴィンフリーゼに譲れば、肩の荷を半分は下ろせる。
豪華な広間の飾り付けと、用意された料理。着飾って集まった貴族達、何年経っても同じ光景ね。ヴィンフリーゼの継ぐ玉座が、退屈で欠伸をするくらいの状況であれば本望だわ。
「女王陛下、王配殿下。我が愛しの王太女殿下をお借りしても?」
娘が夫に選んだのは、リュシアンの知り合いよ。辺境伯家の領地を任せた貴族家の次男だった。顔が良くて、意外にも外交に特化した才能がある。交渉事に関して、クリスティーネが太鼓判を押したのだから、相当な実力者だった。
「お姫様次第ね」
ふふっと笑って扇を広げる。重い扇は音もなく開き、口元を隠した。銀に少しだけ青を混ぜたような髪色は、ルピナス帝国の貴族の血を引くのだとか。間接照明を弾く真っ青な瞳は、藍色だった。
一礼したヴィンフリーゼが中央のダンスフロアに進み、手を取る夫パトリスと踊り始める。ルピナス帝国に見切りをつけて、自分で他国に士官した青年は穏やかな笑みでステップを踏んだ。
彼の母国ルピナス帝国は現在、まだ国の形を保っている。現在の皇帝は、リッター公爵家から婿入りしたエトムントだった。彼が統治して国内は安定している。だが二人の間に子が生まれることはなかった。
これは盟約なの。次世代を作らない二人は、あと十数年で退位して帝国はシュトルンツに併合される。戦って争い人を失うより、穏やかな消滅を選んだ。ヴィンフリーゼはその利益を享受するだけでいい。
肘をついて見守る私に、宰相エレオノールが声をかけた。緊急の事案が発生したみたいね。席を外すわ。目配せで合図を送り、そっと廊下に出た。小さな反乱の芽を摘むだけ。まだ会場にクリスティーネやリュシアンがいる。だけど……夜会はもう飽きた。
よくお母様が抜け出した理由が、身に沁みて理解できる。貴族のお世辞も挨拶も同じなら、顔触れも変化が少ない。その状況で、好き勝手に料理を食べられるわけじゃなく、踊るのも最低限となれば……座ってるだけだもの。
夜会って王族のための集まりじゃなく、貴族の娯楽よね。まあ、彼らの機嫌をとって気分よく仕事をさせる潤滑剤と思えば、我慢もできるけれど。
お腹が空いたわ。呟いて夫を見上げる。テオドールは微笑んで「軽食のご用意をしております」と返した。完璧ね、一緒に部屋で食事にしましょう。
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