400.あれから十年、長いのかしら

 戴冠式から十年、ようやく統一国家の礎が築かれた。そう思った矢先の叛逆に、口角が持ち上がる。やはり一筋縄ではいかないようね。


 執務室の机に肘をつき、私は報告書に目を通した。女王の地位に就いてから、一気に改革を進めてきたわ。併合した国民を差別なく受け入れる土壌を作り、種族を問わず就学就労の便宜を図った。


 併合がうまくいくほど、過去の栄光に縋る亡霊の影は濃くなるものよ。民はすでにシュトルンツのやり方に馴染み、受け入れて平和に暮らしている。そこに馴染めないのは、既得権益を奪われた元王侯貴族達だけよ。


「女王陛下、私にご命令を」


 テオドールは、ワイエルシュトラウス侯爵の地位を放棄した。王配に貴族の肩書きは不要と言い放ち、新しい慣習を生み出す。歳を重ねた分だけ、美しく整った顔立ちは精悍さを増した。


「この程度の騒動にあなたを動かしたら、私が笑い物になるわよ」


 ふふふと笑って扇を振った。あなたの出番はないわ。だって、すでに側近達が動いているもの。


「南で起きた騒動だ。俺が出るぞ」


 リュシアンがにやりと笑う。不老長寿であるハイエルフは、出会った頃と同じ綺麗な姿を保っていた。筆頭宮廷魔術師として、紫の裏地のローブを羽織る。私の側近である証だった。


 精霊魔法を使う魔術師は彼だけよ。血の気が多いのも、即断即決も、彼は何一つ変わらない。そうね、リュシアンに任せようかしら。南で起きた騒動なら、彼の領地が一番近いわ。


「補佐にユリアをつけてあげる」


 周辺国との調整や騒動を終息させる際は、交渉能力に長けたユリアが相応しい。クリスティーネは古巣のルピナス帝国へ赴いて留守だった。エレオノールは最近気に入っている眼鏡を弄りながら、分厚い本のような報告書をリュシアンに差し出す。


「こちらが今回の報告書よ。複写だけれど、必ず持ち帰って」


 紛失したら怖いわよ。脅す彼女は、言葉以上に危険だった。外見は愛らしい上、ピンクのウサ耳が与える印象で誰もが騙される。だが言動は外見と一致せず、本性を知る者からは鬼だ悪魔だと恐れられていた。反面、面倒見の良さも有名なのだけど。


「分かってるって。要約した方を貸してくれよ」


「図々しいんだから」


 気安い口調でリュシアンが、分厚い書類をつっ返した。文句を言いながら、準備した紙束を差し出すエレオノール。彼女が目を通して纏めた報告は、元の二割ほどの厚さしかなかった。


 重複を弾き、要点を端的に纏めたエレオノールの書類は、見やすくてミスが少ないわ。


「ちょっと行ってくる」


 ひらっと手を振り、そのまま部屋の中で消えた。精霊魔法に呪文や形式はない。彼が望むままに精霊が動くだけなのだから。分かっていても、予備動作が欲しいわね。ドキッとするもの。


「あれが憧れのハイエルフだなんて」


 精霊への信仰心が強い獣人であるエレオノールは、額に手を当てて嘆く。でも信頼関係が構築されているのは知ってるわ。だから私が口にするのは、これだけ。


「羨ましいわね」


 苦笑いしたエレオノールが頷くのは、数秒置いてからだった。

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