27.王太女殿下の具合が悪いようです
アリッサム国の大広間は、煌びやかなシャンデリアが眩しかった。しかし、アルストロメリア聖国は真逆だ。やや薄暗い程度の間接照明と、ガラス天井から注ぐ月光が柔らかく会場を照らし出す。神殿造りのいいところは、周囲の太い柱のお陰で中央の柱を省けること。残念なのは巨大な建物を維持できないことかしら。
他国に比べたら小ぶりな神殿は、蔦が装飾のように絡みつく。幻想的な雰囲気が「聖杯物語」の売りだけど、感激した描写の実写版を目の前で見ていると思えば、感動もひとしおだった。スズランに似た小さな白い花がぼんやりと光る間接照明が、足下の至る所に配置されている。
腰高の大きな鉢から垂れ下がる様は、エルフと言う神秘の生き物にぴったりだった。用意された席に腰掛け、私は斜め後ろに控える執事に目配せをする。頷く彼が一歩下がった。その隙間を埋めるようにエルフリーデが前に出る。
我が国の侯爵令嬢として同行した扱いの彼女は、美しい水色のドレスだった。これもまたスリットが入っているのよね。足にベルトで精霊の剣を備えた美女は、身を屈めて小声で囁いた。
「あちらが主人公ですか?」
「ええ。そうよ」
小柄な少年は、明らかに非凡だった。銀髪に金色の瞳、この組み合わせはハイエルフ特有のものだ。他のハイエルフは銀髪に色が混じる者が多いが、純血の少年はプラチナの輝きを放っていた。実年齢が300歳以上と知らなければ、幼く見える。
「リュシアン・モーパッサン。この国随一の精霊使いだわ」
精霊を従わせる親和性が高い魔力を保有し、その量はハイエルフ5人分以上。圧倒的な魔力で、次の種族長に推薦された実力者だった。何かの儀式が進むのを無視して、私達はリュシアンの動向に目を光らせる。彼が動く時が「聖杯物語」の見せ場なのだから、見逃せないわ。
「お嬢様」
減ったグラスの中身を足すフリで、近づいたテオドールが合図を送る。彼の持つ瓶の先が示す先、扉のひとつが開いて閉じた。見回した広間にリュシアンの姿はない。
「驚いたわ、本当に見事ね」
精霊による目晦ましだ。この場に集った精霊達を掌握できる彼のチート技だった。今夜の宴は、アルストロメリア聖国の繁栄と豊穣を願って行われる儀式だ。年に一度しかない大切な儀式に使われるのが、タイトルの聖杯だった。
精霊達が聖国に集い力を貸す理由のひとつが、この聖杯なのだ。他国にしたら喉から手が出るほど欲しい宝物だった。私だって欲しいもの。
呟いた声を拾ったエルフリーデが苦笑いする。
「ブリュンヒルト様が欲しいのは、聖杯物語のグッズでしょう?」
「当然よ。レプリカが販売されたら絶対に3つは買ったわね」
使う用、飾る用、保管用よ。言い切った私は、ここで演技を始める。額に手を当て、くらりと倒れた。椅子に座っているので、エルフリーデも簡単に支えられる。
「テオドール殿、王太女殿下の具合が悪いようです」
「雰囲気に酔われたのかも知れませんね。お嬢様の代理をお願いできますか? ツヴァンツィガー侯爵令嬢」
「はい、僭越ながら務めさせていただきます」
聞いていた周囲のエルフが不審がらないよう、私は目を閉じて動かなかった。テオドールの腕が私を抱き上げ、歩き出す。慣れた爽やかな香りが鼻を擽るが、すぐにローズマリーの濃厚な匂いに掻き消された。
「もう平気ですよ、お嬢様」
庭へ出たと告げるテオドールの腕の中で、私は深呼吸する。懐かしい香油を思い出し、最終巻で能力を封じられ追放された挿絵が浮かんだ。あんな未来、私は認めないわ。
「物語は改変してしまいましょう。私の都合がいいように、ね」
誰の為でもなく、私の為よ。そう言い切った傲慢さに、テオドールは従順に肯首する。月光が満ちる庭へ向かう彼の足取りは軽い。私、かなり重いわよね? 自分で歩くべきかしら。でも誰かに見られた時の言い訳が必要なのよね。気にした様子のない執事の腕に抱かれたまま、私は自問自答していた。
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