241.夫ぐらい手玉にとって見せるわ

 婚約が決まった途端、元候補のクラウスが挨拶に来た。満面の笑みで「おめでとうございます」と上機嫌である。これで彼との契約は一段落よ。これからは文官として私の治世に尽力してもらう。


 彼も立場を確認に来たのね。私の補佐官としての地位を確約し、クラウスの実家シェーンハイト侯爵家に便宜を図ると話した。取り決めから二年かかったけど、私はちゃんと約束を守るわよ。


「ローゼンミュラー王太女殿下に、シェーンハイト侯爵家は忠誠を誓います」


「期待しているわ」


 互いに利益があっての契約だからこそ信用できる。頭を下げて出ていくクラウスを、テオドールは温度のない目で見送った。私の斜め後ろに立つのは、婚約発表までよ? それ以降は隣に立つんだもの。


「クラウスに手を出してはダメよ」


「承知しております。私をお選びいただけましたのに、候補から落ちた敗者を追い回す習性はございません」


「敗者じゃないわ、契約者よ」


 ぴしゃんと訂正する。もし本人に聞かれたらどうするの。王配になるんだから、きっちり……あれ? お父様が教育したはずよね。ちらりと視線を向けた先で、テオドールが給仕したお茶を楽しむお父様は肩を竦めた。


「教育はした。テオドールがほとんど流しただけだね」


 礼儀作法や貴族の名鑑暗記、他国の歴史や慣習は完璧に仕込んだらしい。問題は考え方……基準がすべて「私のためになるかどうか」で判断するの。その話は予想の範囲内だったから、私は切り替えた。逆に考えればいいの。私が命令すれば、テオドールはきちんと振る舞えるし動ける。


 もう決めたんだから、私が責任を持つわ。


「分かったわ。テオドール、お父様を参考にして。人前だけでいいわ。穏やかで害のない人のように振る舞いなさい」


 出来るわね? そう尋ねる必要はない。なぜなら、テオドールが私の命令に「出来ない」と答えることはないから。必ず遂行するわ。そこは信用できた。


「かしこまりました。では隣に立つ名誉をお許しいただけるのですね?」


「もちろんよ。臨時大使の時のように、立派に役目を果たしなさい」


 あの時は仮の「侯爵」だった。臨時大使の期間内だけ侯爵を名乗ることを、女王陛下の名において許される。でも今のテオドールは、己の功績でワイエルシュトラウス侯爵の地位に登った。本人の趣味で、未だに私の執事と専属医師を兼任しているけど。本来は領地を治める領主になる資格を有していた。


 リュシアンも伯爵位を実力で勝ち取った。いずれは辺境伯となり、アルストロメリア聖国との国境を治めてもらう。現時点でテオドールやリュシアンに領地がないのは、未来の王配候補だったから。王配になる者に、権力や領地は与えられない。女系相続の女王が支配する国で、夫に多大な財と権力を持たせたら、余計なことを画策する者が現れるでしょう?


 この国の仕組みは、代々の女王陛下が失敗を繰り返しながら築いた財産よ。子孫の私はそれを引き継ぎ、安全に次世代へ繋ぐのが役目。シュトルンツ国で大陸を制覇する夢を抱く私が、夫の一人も操れないなんて……冗談でも許せないわ。

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