240.私の犬らしい返事をなさい!
「逆に聞くわ。誰となら結婚しても許せるの?」
「正直に本音でお答えした方がよろしいでしょうか。それとも美しい建前がお好きですか」
「本音よ」
テオドールの面倒なやり取りに付き合った私に、彼はひとつ深呼吸した。まだお父様に胸ぐらを掴まれているけど、まったく動じないところが憎らしい。お父様も非力過ぎるのよ! もう!!
「承知いたしました」
簡単そうにお父様の腕を外し、テオドールは私の足の前で正座した。少し離れた位置で固まった侍女が、ぎこちない動きで逃げていく。ぼんやりと目で追った私の靴に、テオドールは口付けた。
「クラウスが選ばれたら、式の後で一族郎党抹殺いたします。リュシアンが選ばれるなら……式の前に……」
ここで言葉が止まり、テオドールは笑い転げていたハイエルフを睨んだ。
「髪一筋すら残さず、この世から消します」
放たれた殺気は本物だわ。そこまで考えるなら、どうして相手を自分だと思わないのよ。ムッとしながら、先を促した。なんて答えるのか、興味があるわ。
「あなたを選んだら?」
「この上ない幸せにございます。ですがお嬢様に触れるのは畏れ多いことにございます。まず両手両足を切り落とし、頭を潰し、綺麗に焼却してはいかがかと」
はぁ……特大の溜め息が漏れた。ある意味、よかったわ。もし最初の段階でテオドールを選んだと公言したら、私の夫候補は、バラバラの焼死体になったじゃない。ゆっくり深呼吸して、この病んだ男にどう理解させたものか考えた。
引き攣った顔で壁に張り付くお父様は「理解できない」と呟く。安心して、それが正解よ。リュシアンは「まあこういう奴だし」と逆に理解を示した。ようやく笑いの発作は収まったみたいね。
「つまり……テオドール、あなたは私の犬の分際で、私の選択にケチを付けるのね?」
思いついたのは屁理屈の難癖だった。この男は私の命令が最優先だわ。命じれば命を絶たずに夫になると思う。でもそうじゃないの。喜んで尻尾を振って、私のペットになる選択をしてもらわなきゃ。
わずかに小首を傾げて髪を揺らす。紫色の瞳を細め、目の前の駄犬が再び口づけるのを待った。
「いいえ、そのような不遜な考えは」
「ならば、分かるでしょう? 私は何を望んでいるか。誰が叶えるべきか」
「……立ち上がることをお許しいただけますか」
こくんと頷いた私の靴に口付け、身を起こした。テオドールは迷いなく、私を腕に抱き締める。抵抗せず、かといって同調もしない。突っ立っている私を引き寄せ、テオドールは甘い声で囁いた。
「このような僥倖が、我が身に訪れようとは。この身も心も、魂の一滴まであなた様に捧げます。どうか、死が二人を分つまでお守りする権利をお与えください。愛しき薔薇の姫君よ」
「許します。次に私の意図を読み損なったら、野良犬になってもらいますからね」
色気はない。何とも締まらない形だが、このくらいが私らしい気がした。この駄犬を選んだ時点で、私の人生における苦労が決まった。でも同時に、彼だからこそ選んだの。
さあ、私の犬らしい返事をなさい!
「野良犬になってもお嬢様から離れません」
及第点ね。
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