145.(幕間)すべてが悪手だった
予言内容を知っていると公言した王太女殿下は、歓迎の宴を切り上げて戻っていく。その厳しい態度は、我が国への失望だった。窓際に逃げた各国の大使もひそひそと情報交換を終えると、一人また一人と帰っていく。その様子は「大急ぎで自国へ情報を送らなくては」と匂わせていた。
大半はシュトルンツの属国や支配下に置かれた国々だ。次期女王の顰蹙を買ったミモザへの対応は、厳しくなるだろう。獣人の国であるがゆえに、ミモザの民は勤勉ではない。上位貴族が虎や熊、狼などの獣人であるため、熱しやすく冷めやすかった。その気質はそのまま国の運営に現れる。
畜産や農業関連への支出は抑えられ、食料の大半を輸入に頼った。代わりに身体能力の高さを生かし、各国へ出稼ぎに行く者が多い。もし……王太女の一存で繋がりを絶たれたら? 食料の輸入が止まり、出稼ぎの民が締め出されたなら。
この国の経済は数年で破綻するだろう。恐ろしさに僕は身震いした。だから、あんな囁きに耳を貸したのだ。後になれば愚かであったと理解できるが、怯える当時の僕は返り討ちにされる可能性に思い至らなかった。
「ねえ、あの偉そうな女が死んだら、全部なかったことになるんじゃない?」
キョウコは、シュトルンツ国の元騎士団長を思うまま動かした。彼女は才能がある。采配を任せても大丈夫だ。きっと上手に片付けてくれる。我が国の王城内で起きた事件なら、全員の口を塞ぐことで漏洩を防げるはず。ましてや当事者を殺してしまえば終わりだ。
他国の使者が何を言おうと、証拠はない。殺した後でシュトルンツ近くの森へ死体を捨ててしまえば、途中で盗賊に襲われたように装うことも可能だった。自国内での襲撃を咎められても、護衛を断られたと言い切ればいい。彼女が僕達に怒っていた現場を知る周囲の貴族は、こぞって口裏を合わせてくれるから。
これ以外に考えられない。助かる道は他にないのだと、自分に言い聞かせた。
「第一騎士団を遠ざけて、第三騎士団を使いましょう。彼らは他国の王族の顔なんて知らないし、平民だから不都合があっても殺してしまえばいいわ」
怖ろしい囁きだ。でも魅力的だった。貴族の子弟を殺せば騒ぎになるが、平民ばかりの第三騎士団なら構わない。そのアイディアは盲点だったし、第三騎士団を動かす準備を終えていたキョウコにも驚く。父上が絡んでいると聞いて、納得した。
国王としてミモザを治めてきた父上が動くなら、勝算は高い。許可を出したのは、確かに僕だった。少しして悲鳴が聞こえる。無事に暗殺が終わったのか? ほっとした僕の耳に、王太女の声が届いた。まだ生きている!
どうしたらいい? 悲鳴を上げたのはシュトルンツ側の演技で、最初の暗殺者は父上が送り込んだ者だった。僕が許可した第三騎士団は倒され、巫女に心酔する貴族が用意した暗殺者も殺された。父上に呼ばれたキョウコは帰って来ず、逆に僕も呼び出される。
謁見の間の控室である客間で、凍り付いたキョウコを見つけた。まさか、死んでいる?
「う、嘘だ! なんで! キョウコが……っ、お前ら?!」
王太女の連れが何やら説明するが、頭の中を素通りしていく。侮辱に「好きな女と結婚して何が悪い!」と切り返した。それを淡々と言葉で刻まれる。徐々に理解するが納得できなかった。姉エレオノールはなぜか王太女の味方に付き、弟である僕を裏切る。婚約破棄して正解だった!
たとえ1万の兵相手でも、たった一人の人質で戦局は覆る。頼みの綱であった策も、精霊魔法を使うハイエルフ達に阻まれた。精霊は獣人の信仰対象なのに、なぜ僕達を見捨てるのか。獣のように扱われ、頭に血が上った。獣化する……その抵抗は悪い方へ働く。縛り上げられ、味方であるはずの騎士まで離反してしまった。
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