258.可愛くて踏み潰したくなるわ

 拍子抜けするほどあっさり、夜会は終わった。でも収穫はあったわ。王族派の一部に、テオドールを認めない連中がいるみたい。話す間に、何度か小さな仕掛けをしてきた。遠回しに「お前は王太女殿下に相応しくない」とテオドールを貶める。可愛いでしょう? 踏み潰したくなるわ。


「そうは思わなくて?」


「ブリュンヒルト殿下が楽しまれるなら、私は気にしません」



 夜会の翌日は休み。我がシュトルンツ国の慣習に従い、貴族は休んでいた。王宮内で仕事をするのは、平民出身の文官や武官達だ。武官に関しては、昨夜の警護に出なかった子爵家以下の騎士が出勤していた。いわゆる交代制で、王宮警護に手を抜かないための対策ね。


 当人達は貧乏くじを引いたと嘆く者、または夜会に貴族として参加して楽しんだ者に分かれる。表情を見ればどちらか一瞬で判断出来るわ。擦れ違った騎士の敬礼を受けながら、私は足早に昇降魔法陣へ向かった。後ろに控えるテオドールが、さっと魔法陣を作動させる。


 魔力が豊富な者は己の魔力でスイッチとするが、ほぼ魔力のない平民の文官も多かった。そのため魔力ではなく、手のひらを押し当てることで作動させることも可能だ。指紋認証の類かと思ったら、生体認証に近かった。登録された人物により、移動できる階層が制限できる。


 普段は魔法がなくても何ら不便なく生活できるシュトルンツだが、王宮内は魔法陣による仕掛けがふんだんに利用されている。生体認証は機密の保持に最適だし、刺客の選別にも役立った。


「テオドール、あなたは私の夫になるの。政治的な権力は持たなくても、馬鹿にされてはダメよ。あなたを貶めることは、私を貶すことと同じなの」


 きっぱりと言い渡した。侯爵の地位を持って、不遜な輩は排除しなさい。地位の低い者ほど固執するわ。逆に侯爵以上になれば、その地位を維持できるだけの教育を受けていた。愚かな行為はしないものよ。


 続けた説教じみた言葉が終わったところで、女王陛下の執務室がある上階に止まった。


「わかった?」


「はい、肝に銘じます」


 私が貶されると表現したから、理解したと思うけど……逆にやり過ぎる心配が必要かしら。まあ、いっそやり過ぎてフォローする方が簡単かも知れない。テオドールはどうしても自己評価が低いの。貶されたり貶める発言をされても、平然としているわ。


 使用人ならそれも許される。けれど夫、王配となれば話は別だった。彼を軽んじることは、私を蔑ろにする行為なのよ。絶対に許されないし、彼が受け入れてもいけない。しっかり言い渡し、女王陛下の執務室の前に立った。


 扉を守る騎士達に微笑みかければ、私の到着が中へ告げられた。入室の許可を得て足を踏み入れる。もちろん、同行したテオドールも一緒よ。もう家族になることが決まってるんだもの。


「ヒルト、夜会はお疲れ様。ケガはなかったんだよね?」


 お父様が心配そうな顔で尋ねるので、平気だったことを伝える。問題なく物事は片付いたし、私もケガはしなかった。ただテオドールの細い切り傷は報告済みだ。


「ブリュンヒルトは、夫一人守れない――そう言われるわよ」


 女王陛下の視線はテオドールに固定されていた。目を逸らさず、テオドールは頭を下げて詫びる。


「申し訳ございません。処罰に必要かと愚考いたしました」


「本当に愚考よ。次はないわ」


 ぴしゃんと叱る女王陛下の声は、どこか柔らかかった。それを感じた私の口元が緩み、釣られてテオドールも緊張を解く。家族になるって、こういうことよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る