253.貴族の端くれだなんてご謙遜を

 離れた位置で見守るローヴァイン男爵と目が合う。逸らすかと思えば、微笑んで一礼された。


 どうぞご自由に、そんな意味合いかしら。つまり、ここに集合しているのは、貴族派の主流ではない。貴族派の纏め役が止めないなら、大した獲物はいないわね。


「いくら王太女殿下といえど、お言葉が過ぎるのではございませんか? 私どもも貴族の端くれですわ」


 ヒューゲル男爵夫人が、ゆったりした口調で割り込む。彼女はブルネットの美人で、未亡人なの。他人の男を奪うのが好きで、よく騒動になっていた。貴族の品位を落としまくる女性に、咎められるなんて。


 ふふっ、自然と笑いが漏れた。扇で隠し切れない表情の変化に、彼女が反応する。


「貴族の端くれだなんて、ご謙遜を。あなたはもう貴族ではないでしょう?」


 未亡人の顔がかっと赤くなる。男爵位を持っていたのは、亡き夫。未亡人だから、ヒューゲル元男爵夫人よ。もし跡取りの息子か娘がいれば、後見人として男爵夫人を名乗ることができた。でも、彼女は一度も出産していない。夫と結婚してわずか半年で亡くなられたんだもの。


 誰と同伴したのか知らないけれど、ヒューゲル男爵家は彼女の夫で途絶えていた。今は平民である。もし実家が彼女を引き取れば、貴族を名乗れたけれど……引き取らなかったみたいね。男癖の悪い未亡人なんて、実家も持て余すでしょう。


「辱めるおつもり?」


「恥ずかしいと思う感情はお持ちなのね。てっきり恥をご存じないのかと思ったわ」


 あの振る舞いでは、貴族だなんて恥ずかしくて名乗れない。きっぱりと言い渡した。胸元が大きく開いた下品なドレスで、既婚男性と腕を組む。我が国の品位を疑われるから、排除しておきましょう。


「本日はどなたと同伴なさったのかしら。平民は招待していないわよね?」


 彼女に尋ねるのではなく、隣のテオドールに話しかけた。少し考えた後、テオドールはにっこりと害のなさそうな笑顔を作る。


「腕を組んだケンプフェル子爵がお相手なら、子爵夫人の代わりに入場したのではありませんか? 子爵夫人は体調でも崩されましたか」


「あ、ああ」


 慌ててケンプフェル子爵が頷く。どうやら妻に内緒で、彼女宛の招待状を流用した。これはいい獲物だわ。


「テオドール」


「かしこまりました。明日の早朝、ケンプフェル子爵夫人へお見舞いの花をお送りいたします」


「お願いね」


 やめてくれと騒ぐ子爵を無視し、青ざめたヒューゲル元男爵夫人へ笑顔で最後通牒を言い渡した。


「では子爵夫人を騙った女性を、王宮の外へ片付けて頂戴」


「承知いたしました」


 エルフリーデの合図で、近衛騎士が動く。騒ぎを大きくすることなく、言葉と抵抗を塞いで連れ出した。王家主催の夜会を何だと思ってるのかしらね。


「それで、グラスを拭った行為の意味、お分かりになって?」


 小首を傾げて尋ねる私から、貴族派の面々は数歩下がった。口を開こうとしない彼らを見まわし、残念そうに溜め息を吐く。


「俺が説明してやろうか」


 リュシアンがするりと割り込んだ。睨みつける貴族派を鼻で笑い、ハイエルフはその美貌に嫌味な笑みを浮かべる。それがまた似合うのだから、タチが悪いのよ。


「婚約者が渡したグラスをそのまま受ければ、王太女殿下は彼に価値はないと公言するに等しい。ワイエルシュトラウス侯爵が必要であり、失えない存在だから……己のハンカチでグラスを拭ったのさ」


 リュシアンが説明したら、謎かけのようになってしまったわ。









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