254.景観を損なう雑草の駆除は必須よ

 逆説で考えれば理解できるの。私がテオドールをどうでもいいと考えたなら、彼の差し出すグラスに口をつける。もし毒があり倒れたら、テオドールは処罰されるでしょうね。


 侯爵の地位があろうと、主治医で執事の肩書がある以上、一番に私を害することが出来る場所に立っている。彼の立場と職責が、テオドールを追い詰めるの。だから自らのハンカチで、最後の毒判定を行った。これで毒が発見されなければ、私自身も過失を分け合える。


 何より、特定できない毒を彼自身も口にしたことで、一緒に被害者になれるのよ。この程度のこと、教えられるまでもなく理解して欲しかったわ。少なくとも貴族であり、命を狙われる可能性がある立場だもの。


「リュシアン、世の中には向き不向きがあるのよ」


 それ以上虐めるのはおやめなさい。理解できない子をいくら叱っても、彼らが覚えることはないわ。


「ブリュンヒルト殿下の仰る通りですね」


 理解できないことを恥じる必要はない。なぜなら、お前達は高みに届かないのだから。テオドールの辛辣な指摘に、意外にもリュシアンが手を叩いた。


「なるほど。俺も少し勉強するかな」


 その言葉が示す内容は、もちろん理解すべき貴族の嗜みではない。テオドールや私の使う言葉の方ね。人族はどこまでも弱いから、言葉で武装するの。王侯貴族はその最たる者なのに……時折、不適合者が現れる。定期的に間引かないと、庭に雑草が広がってしまうわ。


「草抜きなら教えてあげてよ?」


「お手柔らかに」


 私達の会話の裏を読めた者は、そっと距離を置いた。まったく理解できない者は憤慨する。バカにされたと不満を顔や声に出した。それこそが愚者の証拠だというのに。


 文句を口にした貴族の顔と名前を記憶し、私はこの場を離れた。せっかく貴族が集まる場なのに、無駄な時間を過ごすのは勿体無いわ。壁際へ向かい、恐縮する王宮派の官僚達と意見交換をした。有意義な時間を過ごし、後半は王族派にテオドールを売り込む。


 後ろに付き添うエレオノールが情報を小出しにし、話題を振り撒いた。盛り上がり過ぎると別の話題に切り替える。その手腕は、お祖父様であるバルシュミューデ侯爵譲りね。見事だった。警護に徹するエルフリーデは、時折カールお兄様にダンスに誘われる。


「いってらっしゃいな」


 見送ったところへ、テオドールに誘われた。肩を竦めて手を取り、フロアへ滑り出る。体を寄せて腰に手を回し、テオドールは見事なステップを踏んだ。


「相変わらず見事だわ」


「恐縮です」


 短いやり取りの間に、彼が視線で促す。ローヴァイン男爵に泣きつく数人の貴族が目に入った。子爵が一人、伯爵一人、元男爵夫人。物騒な面々ね。微笑んだ私に、ローヴァイン男爵はゆっくり瞬きして見せた。


 あら、何かやらかすみたい。夜会の広間で大胆なこと……相談内容がローヴァイン男爵経由で筒抜けになるとも知らず、悪巧みは捗っていた。


 気づいたクリスティーネは赤ワインを手に、私の元へ歩み寄る。躓いたフリで、ワインを裾にかけた。


「まぁ! なんてことでしょう。王太女殿下、大変失礼いたしました。お詫びと染み抜きをさせいただきたいので、ご一緒願えますかしら」


「あなたにしては珍しいミスね。いいわ、テオドールはここで待っていて」


 婚約者を残し、私が会場を離れる。ここまでお膳立てしたのだから、当然仕掛けてくれるのよね?

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