60.うちのお姫様に何したの?

 策略、謀略、騙し合い。どれをとっても王族に敵う貴族はいないわ。まあ、うちのお兄様は別だけど。国を継ぐために育てられた嫡子が、貴族の画策に翻弄されるようでは国が滅びてしまう。


 男爵の地位を賜っても、騎士団長の誇りを胸に生きた。そんな愚直な男が、どれだけ考えて策を巡らせても王太女に勝てるわけがないのよ。根本的に考え方が違う生き物なのだから。


「アーレント卿を含め、捕虜はすべて連れ帰ります。いいですね?」


 殺してはならない。奪われてもいけない。そう口にした私に、騎士達は敬礼して静かに同意した。一人で三人ほどの捕虜を同行することになるため、二名の騎士を先行させ、応援を呼びに行かせる。侍女達は度重なる襲撃に疲れ果て、もう動く気力がなかった。


「応援をこの場で待ちます」


 私が宣言して指示するのはここまで。数人の騎士は食事用の肉や果物を探しに森へ入り、テオドールは草原から薬草やハーブを探しては侍女に指示を出す。手際よく集められた薬草を石で潰し、エルフリーデの傷を消毒した。


 ハーブはお茶に出来るものと、食事用に分けられる。エルフリーデの願いで水を集めた精霊により、必要な水は確保された。ハーブティの香りが漂うと、侍女達の表情が和らぐ。


「なんだかホッとします」


「ええ。必ず王都へ帰すから、安心してね」


 私は彼女らの士気を上げるために微笑む。万が一何かあっても、必ず王都まで連れ帰るわ。どんな形であっても……それが今の私に示せる精一杯の誠意だった。


 木々が揺れる。狩りに出た騎士が戻ったのかと顔を上げるが、人影は見えなかった。警戒するテオドールの手が、袖の内側に隠した暗器を握り込む。まだ気づかない侍女をよそに、一部の騎士が反応した。剣の柄に手を置いた彼らに、私は頷く。


「皆、こちらに集まって」


 担架に横たわったエルフリーデを中心に、侍女を一箇所に集めた。これで防御の体制が取れる。テオドールが睨む左前方を見つめ、私は深呼吸した。


 がさりと揺れた木々の枝から飛び降りたのは、見覚えのある銀髪。さらりと流れる銀髪を後ろで一つに括り、優雅な所作で立ち上がった少年は肩を竦めた。


「やっと追いついたら、何だよ。これ……」


 口の悪いエルフ。それだけで誰だかわかる。安心して力が抜けた。


「リュシアン、来てくれたのね」


「ああ。時間が出来たら合流するって言ったけど、まさか森の中で遭難中とは思わなかったぞ」


 軽口を叩く彼の飄々とした態度が、とても頼もしかった。日常が戻ったような安堵に包まれる。


「逃げていいと許可していませんよ」


 突然振り返ったテオドールが、逃げようとした獣人の若者の足を止めた。クナイに似た両刃の小型ナイフを投げ、脹脛を切り裂く。倒れた捕虜を、近づくリュシアンの魔法が縛り上げた。何もない足元の草原から生まれた蔓は、他の捕虜にも絡み付いた。


「うわっ!」


「化け物だ」


 叫ぶ捕虜達に、リュシアンはむすっとした口調で吐き捨てた。


「ったく、森の大賢者に対して失礼だぞ」


 ハイエルフを示す称号に、獣人達は口を噤む。森と共に生きることを信条とする獣人にとって、ハイエルフは尊敬する生き神のような存在だった。思わぬ人物の登場に、彼らは一様に項垂れる。


「それで、うちのお姫様に何したの? まさかエルフリーデ嬢のケガ、お前らがやったのか」


 静かに怒りを滲ませた声で尋ねるリュシアンの金の瞳が揺らめく。周囲に集まる精霊が眩しいくらいだわ。


「落ち着いて。二回襲撃されただけよ」


「落ち着く内容じゃねえだろ」


 ぼそっと吐き捨てたリュシアンに、騎士や執事、侍女までが同意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る