第九幕
291.次世代の誕生という希望
赤子の泣き声が響く室内、ベッドの上で大きく深呼吸した。汗で張り付いたシーツや髪が鬱陶しいわ。部屋にいる女性達が一斉にお祝いを述べる。
「おめでとうございます、王太女殿下。立派な姫君にございます」
「「おめでとうございます」」
ありがとうと返して、私はようやく痛みから解放された体の力を抜いた。全身を縦に引き裂かれるかと思ったわ。苦しくて呼吸は出来ないし、とにかく痛いし、必死だった。ずっとテオドールの手を握っていたの。
「おめでとうございます、ブリュンヒルト殿下。失礼致します」
お祝いと同時に、テオドールは私を抱き上げた。動きたくないけど、シーツの交換があるのよ。クッションや上掛けも含めて、すべて交換される。清潔になったベッドに再び下された。白い絹に包まれた娘を腕に戻され、私はじっくりと眺めた。
赤子の顔は真っ赤で、くしゃくしゃだった。想像していたより可愛くないけど、これから変わるのよね。前世でも出産経験はないから、つるんとした赤子の顔しか記憶にない。生まれたばかりは、こんなに皺だらけだなんて。
退室する侍女が扉を閉めるのを待って、テオドールは荒い呼吸で私の手を舐める。口付け、首筋の汗を舐め取り、幸せそうに目を細めた。彼の手は引っ掻き傷や爪の跡が数え切れない。私がやったのね。
「ありがとうございます、あなた様が私の子を産んでくださるなど……これ以上の幸せはございません」
心からの言葉に、何と言えばいいのか。産みの苦しみは二度と味わいたくない。そう言い放って拒絶したいのに、必死で泣く我が子を見たら気持ちは楽になった。どんな顔でも可愛い、ようやくそう感じる。たとえ手足が足りなくても、同じように愛せる自信があった。
幸いにして未来の王太女となる姫は、元気そのもの。綺麗な指に小さな爪もついているのが、何だか不思議だわ。人形の指みたいなのに、きちんと爪はあるの。私とテオドールの色を受け継いで、金髪。瞳の色はどちらかしら。
顔をくちゃくちゃにして全力で泣く我が子に、最初の乳を与える。興奮したテオドールが反対の乳房にしがみついたのを、ぺちんと叩いた。
「ダメよ」
「申し訳ありません、つい」
つい……で済ませる光景じゃなかったけど。躾が足りないのかしらね。用意されたタオルで体を清めるテオドールは「最高です」と呟いた。何が最高なのか、分かるから聞きたくないわ。
乳を飲ませた我が子をテオドールへ渡し、私はもそもそとシーツの海に潜る。侍女達が整えたベッドで目を閉じた。
「お母様たちが来るから、会わせて差し上げて。それと……」
「ご安心ください。すべて手配いたします」
結婚してから1年、未だに新しい専属執事が見つからない。この男が邪魔をしているのは確実だけど、尻尾を掴ませないので泳がせていた。姫が生まれたから、この後は私への譲位が待っている。即位したら王配となるテオドールが、いつまでも執事でいられるわけがないのに。
あれこれと取り留めない考えが浮かんでは沈み、私は溜め息を吐いた。疲れてるんだわ、これは考えても無駄。眠りましょう。寝て起きたら、またスッキリして考えが纏まるはず。
「お休みなさいませ、ブリュンヒルト殿下」
「……ん」
短く返事を漏らし、体が沈むように意識ごと吸い込まれた。姫の名前、起きたら考えてあげなくちゃね……。
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