430.流れる月日は早過ぎて
子どもの成長はあっという間で、時間は止まってくれない。気づけば、もうすぐ嫡子ヴィンフリーゼの成人式だった。
実母を幽閉してから六年、何を成して何が足りないか。評価はまだ出ていなかった。成人式の手配を確認しながら、隣の夫を手招きする。腹が立つくらい、老けないわよね。ロマンスグレーになるのを楽しみにしているのに。
私は目元とほうれい線が気になるわ。化粧とマッサージを頑張っても、若い頃の肌のハリには敵わない。
「お母様、これでいかがでしょう」
「そうね、このワインは変更した方がいいわ。昨年は隣の領地のワインが最高の出来だったの。こちらは酸っぱいわよ」
「え? そんな報告ありましたっけ」
「フリッツが聞き齧ってきたわ」
ヴィンフリーゼは「うわぁ、なんで私に言わないのよ」とぼやく。十六歳になったフリードリヒは、伯父に当たるバルシュミューデ公爵家の娘と婚約した。私の姪に当たる子よ。
エルフリーデによく似たブラウンの髪に、お兄様譲りの青い瞳。ほんの少しだけ紫が入っているの。気の強い姪の名はローザリンデ、執務も剣術も得意だった。両親のいいとこ取りした形ね。
夫に望むのは、穏やかで自分の執政の邪魔をしないこと。そう言われて、フリードリヒ自身が立候補した。あの子は大人しく、絵画や彫刻に没頭していたいから、ぴったりかもしれない。婚約者の段階で、王位継承権を放棄して公爵家に入り浸りよ。
本当はお兄様の次の代は侯爵に戻す予定だったけれど、王子が婿入りするなら変更しないと。血が近いから、次の世代は親族以外と婚約するよう言い聞かせましょう。
「お母様、お姉様。見て!」
「ノックをなさい」
何度注意しても、パトリツィアは直らない。ノックなしで執務室へ飛び込み、歴史の授業の成果を自慢し始めた。暇を持て余したリュシアンが教師に就いた途端、メキメキと頭角を表した。勉強方法が合っているのね。それでも年齢差がヴィンフリーゼを後押しする。
優秀な長女は、穏やかに妹の自慢に頷いた。こういう部分は私より、お父様に似たのかしら。少なくともテオドールじゃないわね。
「お茶にしましょう」
これでは執務は無理ね、後回しよ。そう宣言した私に、エレオノールが静かに一枚の書類を差し出した。
「こちらだけお願いします」
緊急の印がついた書類を受け取り、じっくり目を通す。急がせる書類ほど、時間をかけて読んだ。それからヴィンフリーゼに手渡す。
「あなたならどうする?」
無言で読んだヴィンフリーゼは考え込んだ。経験を積むのは時間がかかる。だからこの子が王位を継ぐまで、一つずつ積ませるの。正解も不正解も、それがあなたを助ける財産になるわ。
崖崩れが多発する地域へ、対策費を出した。にも関わらず、今年も崩落事故が起きる。報告書には、支援を求める嘆願書が添付されていた。
「被害に遭った民へ援助が必要です。衣食住を与えた上で、領主一族の生活ぶりと評判を調べます」
「あなたは領主一族に問題があると感じたのね。では、何も出てこなかったら?」
「領主が信頼する部下を調べます」
「及第点ね。後で答え合わせをしましょう」
退屈そうに見ているパトリツィアを視線で示すと、ヴィンフリーゼはくすくすと笑った。十歳も年齢差があれば、まだ政に興味を持つはずがない。ライバルになれない妹は、テオドールとエレオノールが用意したお茶菓子に目を輝かせた。
まあ、王位争いとか起きなくてよかったわ。その意味で、テオドールの産み分け術は、とても有効だった。譲位までカウントダウンが始まったけど、大陸統一は間に合うかしら。
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