419.めでたしで終われないのよ
あの日は王宮に戻るなり、厳しい表情のお母様に頬を叩かれた。お父様は何も言わなかったけれど、はらはらと涙を流して無事を喜ぶ。対照的に思える二人の共通した心配に、私は居心地が悪くなって謝罪した。
女王たるもの、どっしり構える余裕が必要よね。幸いにして被害はなかったけれど、今後の対策は万全に手を打ちましょう。そんな決意の翌日から、私の「監禁」が始まった。怒らせたテオドールの気が済むまで、従うわ。
自室に引き篭もった形の私は、のんびりと書類に目を通していた。何だかんだ、あの男は私に甘いのよ。仕事が溜まるでもなく、子ども達も面会に来られる。何不自由なく、監禁生活を楽しんでいた。
制限されたのは、貴族や文官の面会と私の外出のみ。特に困ることはない。食事も運ばれてくるし、宰相エレオノールの出入りも自由だった。ただ、あの子には悪いことをしたわ。権限を一任したことで、今も忙しさの中なんだもの。
それに愛犬との触れ合いの休暇を奪ってしまった。お詫びは必ず用意するわ。五日が経とうとする今日、部屋の中は元気な我が子の声に満ちていた。
「お母様、これを見てください」
長女ヴィンフリーゼが風景画を差し出す。これは彼女自身が描いたようね。才能があるんじゃないかしら。
「まあ、素敵な絵ね。私にくれるの? ありがとう。この部屋に飾らせて頂戴」
「あ、リゼ姉様ばっかりズルい! 僕もこれを作ったんだ」
微妙に歪んでいるけど、マグカップみたい。本人の説明によれば、花瓶を作ろうとして途中で変更したのだとか。なぜ変更したのか気になるけれど、理由はどうでもいいわね。
「フリッツ、これは私にくれるの? ありがとう、執務室で使うわ」
「やった!」
はしゃぐ息子の頭には、まだ白い包帯が巻かれている。取れるのは半月後だから、まだまだ先だ。姉や兄の行動を見ていたパトリツィアは、ごそごそとポケットに手を入れた。
ワンピースの上にエプロンをかけた姿は、前面ばかり汚す対策だった。末っ子で自由だからか、お転婆な彼女は侍女が悲鳴をあげる騒動を頻繁に起こす。
「まま、これ……あげゆ」
滑舌の悪さは治らないわね。この子が一番言葉がゆっくりだけれど、急ぐ必要もない。頭を撫でて手のひらを差し出した。渡されたのは、黄色い花だ。花壇で折ったのだろう。花粉が残っている。
「ありがとう、パティ」
置く場所に迷って、ソーサーに載せた。カップは隣に並べる。私の子ども達は画家や彫像家になりたいのかしら。小さな庭師もいたわね。ふふっ、と微笑みを浮かべて、また書類に目を通した。
今回の事件に関する書類は、一切回ってこない。おそらくテオドールが指揮を取り、エルフリーデ達が協力しているはず。でもそろそろ、誰か報告してくれてもいいわよね。こんなに大人しく待っていたんだもの。
被害はフリッツの頭のケガと、パティの擦り傷。リゼは薄い痣が出たけれど、もう消えたわ。それで「よかった」と済ませるわけにいかないのよ。
王族には常に人の目がある。侍女、侍従、側近、護衛……テオドールの影達。その複数の目を逸らした主犯がいるはずだった。きっちり処分しないと、また同じことが起きるわ。
「うわぁ、本当に監禁したんだ。夢が叶ったじゃん、王配殿下」
リュシアンの声に続いて、「人聞きの悪いことを言わないでください」と落ち着いた夫の声が聞こえる。待ち望んだ報告かしら。期待しながら、私は彼らの入室を許可した。
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