458.(幕後)幸せの定義は違ってもいい
「あの子の人生は幸せだったんだろうか」
最愛の妹ブリュンヒルト・ローゼンミュラー。シュトルンツ国の王位を担うべく生まれた妹、生まれながらに女王になることを望まれる存在。大国だったシュトルンツを率い、大陸を制覇して単独国家にまとめ上げた。その偉業は後世まで称えられるが、彼女はこの人生に満足したのか。
可愛い妹、生まれた時から見守ってきた。お転婆で機転が利いて賢く美しく、母上に似て気品もある。父上のように気遣うことも忘れない、極上の女性なのだ。家族として愛しているし、いざとなれば身代わりになる覚悟もあった。だからこそ呟いてしまう。
「幸せだったか、きっとまだ結論を出しておられないでしょう」
妻のエルフリーデはそう笑った。そうか、そうだったな。可愛いヒルト、お前は結論が出るまで待つ子ではない。自分で結論を「導き出す」だろう。それまでどんな推論を重ねても、ヒルトの決めた答えに敵うことはないのだ。
膝枕をされた状態で、妻を見上げる。妹とは違う意味で美しい人だった。草原の低い草から抜きんでた野百合の花のよう。華やかさより香りで人を魅了する女性だ。ブラウンの髪は白髪が混じり、全体に色薄く見える。森の色をたたえた緑の瞳が、瞬いて私を映した。
「私は最高の人生を送らせてもらった。エルフリーデは……その、後悔していないか?」
意気地がなくてぼかしてしまう。年齢からいって、一緒にいられる時間はもう長くないはずだ。この人生に一片の悔いもなかった。だが彼女は本来、アリッサム国の王妃になるはずだった女性。地方の公爵夫人で満足してくれたのか。不安が声を震わせた。
王位を継ぐ重圧にも顔を上げる妹を支える。幼い決意を守り心身ともに鍛えた。ヒルトが女王になって後、母上が国内の反王家勢力をまとめて潰した事件がある。その時も、悪者として断罪されても構わないと考えた私に、エルフリーデも理解を示した。
主君と定めた大切な女王の「近衛騎士団長であり専属護衛」という地位を失うことも恐れず、エルフリーデは躊躇わない。その強さにどれだけ救われてきたか。
「後悔? 何もありません。ブリュンヒルト様をお守りし、偉業の達成をすぐ近くで見ることが出来た。そこに愛する夫まで加わって……何を不満に思うのですか」
存外の褒め言葉に、絶句した私は目の奥が熱くなるのを感じた。瞬きをして誤魔化す。歳を取るといろいろ緩くなっていけないな。
今の私達にあの頃の強さはない。筋力も衰えた。技量で補うには、体力不足が大きすぎる。一線を退いたのは少し前だが、あの子は最後まで最前線で戦う覚悟を決めていた。
「エルフリーデは最高の女性だな。ヒルトを除いて、だが」
「ブリュンヒルト様を除いて、でしょう?」
語尾が重なって、顔を見合わせて笑う。穏やかに過ぎていく午後。窓の外はやや冷たくなり始めた秋の風が吹き、紅葉に彩られた木々が鮮やかさを増す。
「無理をしていなければいいが」
「あの方にそれを望むなんて、それこそ無理でしょうに」
くすくす笑うエルフリーデの目元と口元に刻まれた皺は、幸せだった証なのか。笑い皺ならいい。そうであってくれ。願いながら目を閉じる。くすんだ白金の髪に、彼女の手が乗せられた。温かい手も皺を感じる。まあ、私も似たようなものか。
「なあ、ヒルトの孫アンネリース王太女殿下に会いに行こうか」
「素直に、ヒルト様に会いたいとおっしゃいませ。お付き合いしますよ」
馬での移動はもう止められるだろうか。厳しいツヴァンツィガー家の執事の叱責の声を思い浮かべ、苦笑いした。一緒に馬車に揺られ、景色を楽しみながら旅をするのも悪くない。昔なら我慢できなかっただろう旅も、いまなら楽しめる気がした。
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カールお兄ちゃんです。他の側近も全員書いた方がいいのかしら? ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…
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