163.あなたの謝罪で許します
慌てふためく宰相と皇帝を放置し、騎士団長が独断で動いた。
「宮殿の全出入口を固めろ、たとえ出入りの業者や高位貴族の馬車であろうと出してはならん!」
あら、有能な方がこちらにも。エンゲルブレヒト侯爵家以外にもまともな貴族がいたのね。そうでなければ、あの皇帝の下で国が維持できなかったでしょう。宰相もそこそこ使えそうだけど、我が国では務まらないレベルね。せいぜい、地方都市の管理くらい。
「きちんと捕まえなさいね。帝国が亡びないように」
私が声を上げたことで、貴族達がざわりと揺れる。皇子を連れ帰り、己の娘を宛がえば皇族の血を受け継ぐことが可能だ。たとえ馬鹿でも皇族は皇族、その血筋は間違いなかった。ならば愚かにも利用しようと考える者が現れるのも必至。
逃がせば、シュトルンツ国が黙っていないと釘を刺す。これで持ち帰って活用を考えた貴族は動けなくなる。何しろ皇族の血を孫に継がせても、国が亡びたら何も意味がないのだから。己の地位や財産、領地もすべて奪われる。その危険を冒して動く馬鹿はいない、と思いたいわ。
「シュトルンツ国臨時大使として要請します。我が国の至宝、ローゼンミュラー王太女殿下へ無礼を働いた輩の捕獲に、影を動かす許可を頂きたい」
皇帝に視線が集まるが、彼は現在使い物にならない。となれば、機能している騎士団長や宰相へ目が向けられた。唸る宰相をよそに、騎士団長は敬礼して「ご協力感謝します」と添えた。これで堂々と動ける。合図なんて送る必要もなく、集中する人目がわずかに減った。
すでに先行部隊がこっそり追跡してるけど、発見した時にどう教えようか迷ったのよ。協力要請を受けていれば、騎士団へ報告も可能ね。第一皇子を放置したテオドールが戻り、代わりにユリアの指示で警護の衛兵が彼を捕縛した。
騎士団長も頷いて許可を与える。ずるずると引きずられて退場したけど、行先は牢か自室か。さっきまでなら、処分が下るまで自室謹慎が認められた。でも第二皇子が同じ状況で逃げたとなれば、よくて始終監視、悪くて貴族牢だわ。いわゆる鉄格子付きの豪華な調度品があるお部屋ね。
見た目は棚やソファ、ベッドが並ぶ客間のような作りよ。窓の鉄格子に我慢すれば、さほど気にならないはず。ただ自殺防止であれこれと細工はされていた。棚は見た目だけの飾りだし、椅子や机は重くて持ち上がらないよう重石付き。ベッドのシーツも引き裂いて利用できないよう、千切れる素材を使った。
我が国ほど徹底されているか、分からない。もし抜け道があれば、国か彼が滅びるだけだった。
「さて、エンゲルブレヒト侯爵家の皆様とお話が出来そうね」
ようやく……という部分を飲み込んで、待たせたクリスティーネを振り返る。間接照明で艶を帯びた黒髪と、青い瞳の美女は優雅に歩み寄った。彼女は目元が切れ長できついから、ドレスの青が映えるわ。
「我が国の不手際で、ローゼンミュラー王太女殿下に不快な思いをさせたことをお詫び申し上げます」
「ありがとう、あなたの謝罪で許します」
ここは強調しておかないとね。皇族に婚約破棄されたご令嬢、クリスティーネの謝罪だから受け入れたこと。私が欲しかったのは、彼女だもの。ここで不用意な発言をする馬鹿がいたら、うっかり帝国を崩壊させちゃうかも。遠回しに脅しをかける。
帝国の貴族達は大人しく口を噤んだ。ふふっ、愚かなのは天辺だけね。頭の交換だけで利用できるのは、とても助かるわ。
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