77. 抜剣と処罰を許可します
そんなことがあるのか? ならば予言の巫女の価値はないぞ。さまざまな憶測や希望を込めた囁きが交わされる中、私は扇をぱちんと畳んだ。
「詳細はエレオノール王女殿下と二人で話したいわ。また後日にいたしましょう。巫女の引き渡しはその後でよろしくてよ」
忘れていない。きっちり処罰する。そう言い残し、私は踵を返した。もうこの夜会に用はない。本番はこの後ですもの。アーベルライン大使は優雅に一礼し、足早に去った。慌てた様子で、他国の大使も動き出す。崩壊への秒読みが始まったわ。
エスコートするテオドールは金髪金瞳で、貴族令嬢の熱い視線を集める。廊下に出るまで追ってきた視線が消えたことで、ほっと一息ついた。
「ヒルト、私達は……その」
カールお兄様が言葉を濁らせる。ひらひらと手を振って「いいわよ」と許可を出した。エルフリーデを連れて、お兄様は夜の庭へ向かう。見送った私は、月光が降り注ぐ回廊で立ち止まった。
「テオドール」
「はい、ローゼンミュラー王太女殿下。私の愛しい姫君」
普段と一人称が違うから笑ってしまいそう。外向きには「私」を使うけれど、普段の彼は「俺」を使った。足元からセイジの香りがする。寄せ植えに使われているのかしら。
回廊の柱に閉じ込められる形で、両脇に彼の腕が添えられた。逃げ場を失った私は目を閉じる。そこへすっきりしたローズマリーの香りが混じった。少々季節外れだけど、いい合図ね。リュシアンの案かしら。
テオドールが私の頬に唇を寄せる。と同時に、ぐいっと体の位置を右側へ移動させられた。外から見れば、キスを避けた私が身を捻ったように見えたでしょう。先ほどまで私の頭があった位置に、小さな針が刺さっていた。
「きゃぁああああ!」
「襲撃です!」
声を上げた私とテオドールは、逃げる足がもつれて転がった風を装いながら、セイジが茂る植え込みの脇へ飛び込んだ。すぐにエルフリーデの結界に包まれる。内側にローズマリーの香りが広がった。作戦通りよ。
「お疲れ様」
「立派な悲鳴だったが、ケガはないか?」
労う私に、カールお兄様が触れる。手足や顔を確かめ、無事だと知って肩の力を抜いた。セイジを上書きするローズマリーは、エルフリーデの襟元から漂っていた。ロケットの中に練り香を入れてたのね。
「随分ゆっくりね」
「いろいろ悩んでいるのでは?」
助けるべきか、見捨てるか。獣人達の意見がひとつではない証拠かしら。救援が駆け込んだ時、すでに悲鳴から5分近く経過していた。宴の最中に抜け出し、庭で逢瀬を楽しむ若いカップルが多いことから、本来は警備も厳しい。庭で貴族がトラブルになることも珍しくないのだから。
にも関わらず、私の悲鳴は無視された。本当に宣戦布告するわよ? ぱちんと扇を鳴らした私に、ようやく駆けつけた騎士の一人が手を差し伸べる。
「ご無事でしたか?」
その手をテオドールが短剣で切り裂いた。悲鳴を上げて逃げる騎士に、周囲の騎士が柄に手を掛ける。だが抜くことはしない。当然よね。国力差をきちんと理解していたら、私の連れに殺されても反撃できないわ。
カールお兄様は剣を抜きかけ、隣のエルフリーデもスカートの影に指先を隠す。緊迫した空気を壊すように、声高に私は宣言した。
「シュトルンツ国王太女であるブリュンヒルト・ローゼンミュラーの名において、抜剣と処罰を許可します」
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