100.寝不足は淑女の大敵

 獣人って襲撃好きなのかしら。普段からスケジュールに追われる私にとって、最高に贅沢で豪華な休日は寝て過ごすこと。誰にも邪魔されず、寝ては起きてまた眠る。それが台無しにされたとあれば、私の下す処分が少しばかり、普段より厳しくても当然よね。


「その狐、喋らせなさい。従えば野に放してあげるけど、口を噤むならずっと黙らせていいわ」


 エレオノールやエルフリーデに声を掛けなかった。二人とも予定があるでしょうし、付き合わせる必要はない。カールお兄様は一足先に王宮へ発ったので、すでにこの街にはいなかった。本来、王位継承権1位と2位が王宮外にいるなんて、あり得ないんだもの。


「ふーん、ご機嫌斜めなんだ?」


「斜めどころか、捩れてるわ」


 リュシアンの確認へ、いい笑顔で返す。何の予定もなかったのよ。丸一日、寝て過ごしても誰にも咎められない。そんな最高の休日を台無しにされた私は、怒りで口元に黒い笑みを浮かべた。


 感情が黒いせいね。取り繕う気力も湧かないわ。さっさと片付けて、今度こそ夕方まで眠るの。腹が立ちすぎるとお腹が空かないのは、意外な発見だったわ。朝食もなしで、最低限の身なりを整えた。


 この後眠ることを考えて、髪はひとつに纏めて結い上げるだけ。ドレスもワンピースに近い形を選んだ。これなら自分で着替えて髪を解いたら眠れる。化粧は落とさないといけないけど、そのまま眠ってもテオドールが何とかしてくれるはず。


 段々と支離滅裂になる自分に気づいて、ひとつ深呼吸した。目の前で狐獣人はリュシアンの尋問に耐えている。なんて腹立たしいの? 早く喋りなさいよ。


「任せていい? リュシアン」


「うん。新種の薬も試したいし、やっぱりお姫さんがいるとやり辛いや」


 その表現からして、えげつない方法を使うみたい。テオドールに合図を送り、彼の手を取って部屋に戻る。これなら報告だけ受けて寝てれば良かったわ。


 化粧を手早く落とし、ドレスを脱ぐ。突っ立っている私の周りを、こまめに動く執事が整えた。寝間着で基礎化粧の保湿も終わり、髪も解いたわ。暗い部屋の中でベッドへ倒れるように転がった。足を優しく掲げてベッドへ載せられ、私はお礼を口にする。


「おやすみなさいませ、お嬢様」


 なんて答えたかしら。覚えていないけれど、次に目が覚めたのは、予定通り夕方だった。流石にお腹が空いたわ。なんであんなに苛立ったのか、今は不思議なほどスッキリしていた。


「寝不足ってお肌だけじゃなくて、精神にも毒なのね」


 ベッドサイドのベルで執事を呼び、食事の支度を頼む。着替えるのが嫌なので、部屋で食べると伝えた。嬉しそうに目を輝かせたテオドールが戻ってきて、並べた食事の前で床に膝を突く。


「お嬢様、ご褒美をいただきたく存じます」


「仕方ないわね」


 両膝をついて待つテオドールの前で、私は食事を始めた。時々、彼の口にも食べ物を押し込む。嬉しそうに待つ彼の後ろに、全力で振られる尻尾が見えた気がして。


「本当に難儀な性格よね……テオ」


「お嬢様のように心の広い主に仕えられ、幸せです」


 心の底から幸せ、そう顔に書いて微笑む美形って――心臓に悪いわね。動悸がするわ。

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