83.国ごと詐欺に遭ったのよ

 この場に兄がいない事は、軍を動かしている証拠。そう嘯けば、国王の顔色は青から白へと変化した。リトマス紙みたいで面白いわ。


「残りも片付けてしまいましょう」


 エルフリーデに座るよう促すも、彼女は首を横に振った。スカートの中に指先を隠す友人は、私を守るつもりなのね。とても頼もしい。何より気持ちが嬉しいので、好きにさせた。


「こちらのツヴァンツィガー侯爵令嬢をご存知かしら。彼女は誘拐されかけた私を庇って、背中を大きく切られましたの。もちろん、我が国は精霊魔法を使える者がおりますので、命は取り留めました。あの時の襲撃は、私が死んでもいいとお考えでしたのね」


 庇った令嬢の背に「精霊魔法でも消えない痕が残った」ような言葉を選ぶ。


「ち、違う! そんな命令など」


「あら、自白を頂きましたわね」


 失敗したと口を押さえた国王に、エレオノール王女が向ける眼差しは冷たかった。


 無能なことは罪悪だ。それがミモザ国の王侯貴族に広まる認識だもの。小説で読んだわ。全体的に機能や実用性重視の王城が、その最たるもの。他国のように飾る事を、まるで罪のように戒めてきた。人に対しても同じよね。


「どうやら他国の領土を奪おうとした上、元騎士団長を誑かし、次期女王の私を殺そうと目論んだ。侯爵令嬢が負わされた傷は、その証拠だわ」


 他国に広めて差し上げないと。知らずにお取引なんてしたら、皆様が同じ目に遭いますもの。ほほほと笑って、私は扇をさらに広げた。


「先ほどの夜会を見る限り、他国の来賓の皆様も、あれこれと情報を持ち帰られたご様子。今後もミモザ国が国として存続できるといいですわね」


「っ! 何が望みだ!」


「ですから、エレオノール王女をくださいと申し上げたではないですか。お返事がないので、重ねてお願いするために、他国の皆様のご意見を伺いたかったんですの」


 満面の笑みで扇を畳む。答えを待つ間に、国王を退けてエレオノールが前に出た。


「私がローゼンミュラー王太女殿下のお役に立ちますでしょうか」


「役に立つか、ですって? 違うわ、役に立ちなさい。そうでなければ、大切な弟も国もこの大陸から消えます」


 すでに軍を動かしたと言われた彼女に、引き下がる道はない。被った数匹の猫はすべて、この国に置いて行ってもらうわ。


「そうそう。予言の巫女について、いいことを教えましょう。あの子は異世界から転移してきた。だから「予言の書に記された巫女」として保護したようですけれど……ただそれだけの存在ですわ」


 私の言葉を理解できず、エレオノールも国王も固まった。隣のテオドールが腰に回そうとした手を、扇でぱちんと叩く。そこまで許してないわ。避けられるくせに、叩かれてくれるところがテオドールね。ご褒美の先払いよ。


「それ、だけ?」


「ええ、予言の書をよくご覧になったら分かるわ。どこにも巫女が何かを成したり、新たな予言を授ける文面はありません。ただ、予言の書に書かれた「異世界から来る少女」なの。特別な力も加護もないわ」


 予言の書は、異世界から来た主人公が王城に留まるための理由付けに過ぎなかった。ご都合主義の最たるもので、最後まで巫女が国に恩恵を齎すことはない。せいぜいが異世界の知識をひけらかす程度。それだって、元女子高生が持ってる知識だから、曖昧で役に立たないの。


「可哀想にね、あなた達は国ごと巫女の詐欺に遭ったのよ」

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