264.微笑むお母様には敵わない

 孫は早く欲しい。でも結婚式で大きなお腹はダメ。総合した結果、女王陛下の強力な命令が発せられた。私の結婚式を早めるのよ。


「エンゲルブレヒト侯爵令嬢と相談しますが、来賓が間に合わないのでは?」


 国外の来賓の質を落とせば、いくらでも調整が可能だわ。でも、次期女王の結婚式の来賓を国主クラスから、大臣クラスへ落とすのは無理よ。属国だって無理に出席させるのは気がひける。今後の国家間の調整がしづらくなるもの。


 そんなこと、私よりお母様の方がご存じのはずなのに。首を傾げて待つ私に、お母様が別の案を提示した。というより、屁理屈を利用した詐欺みたいな方法よ。


「結婚式だけ先に行い、お披露目はいつでもいいでしょう」


 まだ跡取りが生まれていないから、私が女王の座に就くことはない。ならば、結婚式のお披露目を後に回して、先に結婚式だけ挙げる。かなり変則的だけど、悪手ではなかった。結婚式を済ませれば夫婦で、妊娠しても問題ない。


 未婚で子が出来てしまうより外聞がいいし、お披露目は後回しでも構わない。確かにお母様の仰る通りね。


「あなたが二年ものんびりしていたから、こんな事態になったのよ」


 拗ねた口調で私を責める女王陛下に、何とも返答できない。もし今から二年前に戻れたとして、絶対にぎりぎりまで引き延ばすもの。先に結婚して体を繋ぐ選択肢はないわ。それだけ私にとって衝撃的だったの。


「女王陛下、よろしいでしょうか」


 発言権を求めたテオドールに許可が下り、彼は私を愛おしそうに見詰めてから異論を唱えた。


「お言葉ですが、最愛のブリュンヒルト殿下の結婚式です。手直しした急ぎ仕立てのドレスなど、着用させたくありません」


 結婚式のドレスは、通常三ヶ月以上前に注文する。王家の結婚式となれば、半年は必要だった。だからテオドールも結婚式までの日数を最短で示したのだ。それを縮めるとなれば、ドレスに妥協が必要だった。


 お披露目がメインだから、そちらは間に合うだろう。だが国内の貴族だけを呼び集めての結婚式であっても、ドレスに妥協はしない。テオドールはそう言い切った。


 まあ、正直なところ……私も結婚式は夢があるのよ。前世なら純白のウエディングドレスで、ヴェールは引きずるほど長い。スタイルよく見える腰を絞ったドレスもいいし、エンパイアも素敵。プリンセスラインは子どもっぽいから、選択肢にないけど。


 赤い絨毯のヴァージンロードを歩くのよ。あ、もう歩けないわね。テオドールに食べられちゃったもの。かなり残念だわ。この世界も日本人の小説ばかりだから、ヴァージンロードも白いウエディングドレスも存在してたのに。


「ドレスならある、と言ったら?」


「お母様のドレスかしら」


 きょとんとした私が呟けば、お母様が唇を尖らせる。赤い紅が艶やかで、何とも色っぽいわ。ちらりとテオドールの様子を窺うけど、彼はまったく興味を示さなかった。ある意味、変態として筋が通ってるみたい。


「違うわよ、二年前にあなたがテオドールを選んだ時点で、注文していたの」


 絶句する。二年間、おそらく作るのに半年以上。残る一年半で、私が激太りしたらどうするつもりだったのよ。いえ、有難い……太らなくてよかったわ。


「ありがとう、ございます」


「どういたしまして」


 微笑む母には敵わない。きっと、私が女王になっても大陸を制覇しても、お母様に勝てる気がしなかった。

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