第020話

「手加減は無用だ。全力で来い! オレも手加減はしない!」


 村長宅の前にある広場に出た俺と村長は、お互いから五メートル程離れて向き合っている。

 父ちゃんやビンセントさんたちは、その更に外側を取り巻くように立っている。ランバージャックデスマッチみたいだ。いや、デスマッチは勘弁。


 村長は帰ってきたときに脱いだ皮の胸当てを付け直し、手に愛用の両手斧を握っている。真っ直ぐの柄の先端に片刃の分厚い刃が付いた武骨な斧だ。刃の反対側はバランスを取るためか、握りこぶしふたつ分くらいの鉄塊が付いている。ハンマーとしても使えそうだ。

 一方の俺は、いつもの皮と布の服だ。防具の類は一切付けていない。更に付け加えるならば、武器の類も一切持っていない。両手とも素手だ。

 別に勝負を投げているわけではない。理由はふたつあって、ひとつには、この子供の身体で扱える武器や防具が無いということ。短刀の類であれば使えるかもしれないけど、この村にある短刀というと包丁かキャンピングナイフのようなものになってしまう。武器にするには少々心もとない。防具は言わずもがなだ。子供用なんてあるはずが無い。

 もうひとつの理由は、下手な武器より平面魔法の板の方が遥かに頑丈でよく切れるからだ。いつでも出したり消したり出来るのも利点だ。武器としても防具としても申し分ない。


「村長、どうしてもやらなくちゃダメ?」


 しかし、それと戦う意志の有無は別の話だ。

 正直、村長と戦うのは色々な意味で遠慮したい。負けるとは思わないけど、勝ってしまうと今後の村での生活に支障が出そうな気がするし、村長のプライドも傷ついてしまうのではないだろうか?


「問答無用だ! 来ないなら、こちらから行くぞ!」


 村長が真っ直ぐ間合いを詰めてくる。斧は右肩に担ぐように構えている。

 両手斧は、威力が大きい代わりに小回りが利かない。フェイントや駆け引きを捨て、一撃に全てを掛ける武器だ。初撃は間違いなくあそこからの袈裟切りだろう。


「フンッ!」


 百キロ近い巨体とは思えない程のスピードで間合いを詰めてきた村長は、そのスピードをも乗せた見事な一撃を俺に振り下ろしてくる。確かに手加減は一切ない。

 俺は左に一歩踏み出しつつ、半身になって躱す。いつぞやの大爪熊の教訓を活かし、受け流すことすらしない。流せずに体勢を崩すと、致命的な隙を生んでしまうだろうから。

 斧は派手に地面を叩き割り、村長はその勢いで前のめりになる。


「ぐっ、ハアァッ!」


 しかしそこで止まらずに、勢いを利用して左後ろ回し蹴りを放ってくる。この蹴りはガードしても避けても距離を開けさせられてしまう。空振りの隙を埋める為の蹴りだ。やはり魔物とは違う。間髪入れず次の手を打ってくる。

 相手が普通の大人だったなら、この蹴りは有効だっただろう。しかし俺はまだ子供だ。その身体の小ささを活かし、俺はこの蹴りを屈んでやり過ごす。

 そして更に踏み込み、村長の軸足を左の水面蹴りで刈り取って転ばせる。そしてそのまま村長の背後へと抜ける。


「ぐあっ!?」


 支えるものが無くなった村長は、そのまま体勢を崩して両膝をついてしまう。絶好の追撃チャンスだけど、果たして手を出していいものかどうか。

 逡巡しているうちに、村長は立ち上がってこちらに振り向く。


「どうした、何故追い打ちを掛けてこなかった!? 絶好の機会だっただろう!」

「えっと、してもいいのかなって?」

「もちろんだ、お前は周りを悪漢に囲まれている時でも同じように見ているつもりか!?」


 ……ああ、そういうことか。

 これは元冒険者である村長による手ほどきなのだ。いつか相対するであろう、悪意を持った人間・・との闘いのシミュレーションなのだ。その覚悟と戦い方を俺に、冒険者としての後輩となる者に教えてくれているのだ。

 それは詰まるところ、俺を奴隷から解放して旅に出してもいいということだ。その餞別というところか。なんとも男らしい、いや、漢らしい餞別だ。なんか、父ちゃんよりも父親らしいんじゃないか?

 そういうことならこっちも遠慮なく行かせてもらう。手加減なんてするのは無粋というものだ。


「わかった、もう迷わない!」


 俺の返事に村長がニヤリと笑う。幼児が見たらギャン泣きしそうな凶悪さだけど、不敵で太い、実に漢らしい笑みだ。俺が意図を理解したことにも気付いたに違いない。


 改めて斧を構える村長。今度は右からの横薙ぎの構えだ。さっき踏み込まれたのを見て、縦の動きでは避けられると考えたのだろう。腰も落としている。さっきのように潜り抜けるのは無理そうだ。

 では今度はこっちからと、真っ直ぐに全力で突っ込む。

 村長は想定外の速さに一瞬怯んだみたいだけど、そこは歴戦の勇士。すぐにタイミングを合わせて斧を振ってくる。このまま突っ込むと、丁度胸の辺りで半分こだ。

 俺はこの攻撃を上に跳んで避ける。

 が、これは村長も読んでいる。

 斧を手放すと、俺の足に向かって両手を伸ばす。

 捕まってしまえばそこで終わりだ。いくら身体強化があるとはいえ、子供の力では振りほどくことは出来ないだろう。何しろ、村長は全身これ筋肉のゴリマッチョなのだから。

 しかし、俺は村長が『読んでいることも読んでいる』。


「残念!」


 空中に作った平面の板を足場に、更に上へと俺はジャンプする。格闘ゲームで言うところの二段ジャンプだ。


「なっ!?」


 伸ばした村長の手は空を切り、俺の目の前には無防備な村長の背中がある。俺は正面に平面を作り、それを蹴って進行方向を村長の背中へと変える。そして左のショルダーチャージで村長を地面へと叩きつける。


「ぐはっ!」


 地面に激突して胸を強打した村長は動きが止まる。息が出来なくなったのだろう

 俺はその村長の頭の左横に屈み、右膝で延髄を抑え込む。いつでもとどめを刺せる体勢だ。


「ぐ、……参った。まさかこれほど一方的にやられるとはな」


 勝負ありだ。



 再び村長の家の板の間に戻った俺たちは、今後の行動予定を話している。


「では四日後にボーダーセッツへ向かうことにする。ビンセント、すまんがオレたちも同行させてもらうぞ」

「はい、こちらとしても魔法使いとダンテス様にご一緒頂けるのは心強いですので、願っても無い事です」


 俺と村長はビンセントさんに同行し、交易都市ボーダーセッツへと向かうことになった。そこで魔石を換金し、俺を奴隷から解放してもらうのだ。


 最初はビンセントさんに換金を頼もうという話だったのだけれど、魔石の価値があまりにも高過ぎたので、責任を負うのは遠慮したいと言われてしまった。

 まぁ、それも仕方がない。俺も『一億以上の価値のあるものを換金してきて』と言われたらビビる。

 そんなわけで、村長自らが換金へ向かう事になった。

 ついでに新しい奴隷を数人、その金で買うことにしたらしい。うん、俺が抜けちゃうからね。補充は重要だよね。なんかすみません。

 そもそも『今この村に居る四十人弱ではこれ以上の拡大は望めない』と村長は考えていたようだ。

 畑からは十分な収穫があるけど、人の数が少な過ぎて人口がなかなか増えないのだ。

 また、十代二十代の若年層も少ない為、いずれ遠からず人口が減少し村が成り立たなくなってしまうと危惧していたらしい。

 そんな中で久しぶりに生まれた子供だった俺は、実のところかなり期待されてたようだ。ホント、スンマセン。


「そうか。では今日は解散だ。ビート、お前も帰って用意を進めておけ」

「うん、分かった!」


 無意識に大きな声が出てしまった。

 けど、それも仕方がない。四日後には初めての旅、初めての街なのだ!

 やばい、わくわくする! 熱が出たらどうしよう!?

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