第279話

「では、君の周囲を飛び回るこの玉の魔力を感じられるようになってください。触れるようであれば手を伸ばして確認してもいいですよ」

「はいっ!」


 コリン君の周囲をランダムで移動する玉を作り上げる。久しぶりの『偽占い玉』だ。なんだかんだで、使い勝手がいいんだよな、これ。

 玉にはサイン、コサイン関数で円運動を設定し、ウィグル関数で不規則性を持たせてある。衝突判定が発生したら、一旦静止してから運動方向を反転するという条件設定付きだ。

 もう十年近く使ってないのに、まだ関数設定を覚えてた俺ってすごい! 驚異的な記憶力だな。といっても、これも魔素の情報保持能力のおかげなんだろうけど。

 玉には結構魔力を込めたから、見える・・・ようになればはっきり分かるはず。玉が見えるようになったら、次はもっと少ない魔力の玉、その次は複数の玉と難易度を上げていって、最終的には一定範囲内の魔力を感知できるようになってもらう。気配察知の習得だ。


「教官! 僕もその気配察知、覚えたいです!」


 コリン君の後ろの席に座っていたジャンポール君が声を上げる。


「ジャンポール君は、まず自分の魔力を操作するところからです。基礎ですから、疎かにしてはいけません」

「うっ、はい……」


 ジャンポール君が大人しく引き下がり、瞑想に戻る。素直になったものだ。

 ジャンポール君の魔法センスはなかなかのものだ。いままで魔法が使えなかったし、周囲に魔法使いもいなかったらしいけど、あっという間に自己魔力を感知できるようになった。

 けど魔力を操作するのは苦手らしく、まだ練り上げたり手足に移動させたりはできない。それができないと魔法を発動させられないから、この訓練は重要だ。一度できるようになれば、無意識にでもできるようになるんだけど。自転車に乗るようなものだな。


「(ジャンポール受け? ……ボソボソ)」

「(ジャンポール受け! 総受け! ……ボソボソ)」


 相変わらず一部女子が何か言っている。ガッチリ握手をしているな。何らかの合意が得られたらしい。けどそれ、ネタにされている俺たちの同意は得られていないからな? 薄い本は作らないように。


 いつまでも一部の生徒ばかりに構っているわけにはいかない。ちゃんと職責は果たさないとな。

 講義室を回り、生徒の進捗を確かめる。行き詰まっている一部の生徒に指導したり、順調な生徒には新たな目標を提示したり。

 うん、今日の俺も先生らしいことしてる。気がする。



 ジャンポール君は素直になってくれたし、コリン君は経過観察だ。当初抱えていた問題は順調に解決しつつある。ひとつを除いて。


「教官、お手合わせをお願いします!」

「「「お願いします!」」」

「はい、いいですよ。いつものやつですね。では皆さん、かかってきてください」

「ぐぬぬぬ……行くわよ、みんな!」

「「「はいっ!」」」


 サラちゃんとその仲間、自称『赤薔薇親衛隊』の女子たち四人が一斉に俺へ襲いかかってくる。闇討ちなどではない。武術の講義の時間だ。


 少し前から、準備運動代わりのランニングが終わった後は体術の訓練をしているんだけど、受け身は皆だいたい覚えてきたので、次の段階として簡単な打撃と受け、避け、捌きの訓練を始めている。

 年初に組んだ武術のカリキュラムは、かなり防御に重点をおいたものになっている。貴族の子女が多いからな。まずは自身を守る事が最優先と考えてのことだ。

 しかし、この国では素手での組み打ち術が発展していない。武闘派貴族家の子女ですら練習したことが無いという。

 攻撃する者がいなければ、それを防御する訓練はできない。

 ということで、まずは基礎の攻撃を実戦で使えるくらいにまで習得させることにしたのだ。


 殆どの生徒は型練習として虚空の仮想敵に向かって攻撃してもらっているんだけど、


『実際に目の前に相手がいないと身が入りません!』


と言うので、俺がその相手になることにしたのだ。言ったのは、当然サラちゃんだった。


「えいっ! きゃっ!?」

「いきなり大振りの突きを出すのは見切られやすいです。牽制の小技を混ぜていきましょう」

「やっ! わっ!?」

「下段蹴りも、頭への小技を出して意識を逸らしてからのほうが決まりやすいです。ただし、蹴りは空振りした隙を逆に攻められることもありますから、最低でも防御させましょうね」

「やーっ! あれ?」

「……目は開けていましょう」


 彼女たちの攻撃を捌いたり受け流したりしながら、その都度至らない点を指摘していく。授業だし、先生だからな。


「氏ねぇっ! ぐえっ!」

「背後からの攻撃は効果的ですが、声や音を出してはいけません。不用意に跳ぶのもです。空中では方向転換ができませんから、飛翔中や着地際を狙われることもあります」


 サラちゃんが後ろから飛び蹴りを仕掛けてくるけど、声うんぬん以前に、気配察知で把握している俺に通用するはずがない。サッと避け、その蹴り足を軽く上にすくい上げる。

 バランスを崩したサラちゃんは、背中から地面に落ちて、乙女らしからぬうめき声を上げる。


「えいっ! うぐっ!?」

「はぁっ! はぶぅっ!?」

「左右からの同時攻撃は良いですね。しかし、攻撃が直線的なのはいけません。前後に逃げ場ができてしまいますので、こうやって同士討ちを狙われることになります」


 親衛隊の少女Aと少女Bが左右から殴りかかってきたのを、俺が半歩下がって避ける。ついでにそれぞれの手を掴んで引っ張り、その勢いでふたりをゴッツンコさせる。ちょっと痛そうだ。やりすぎたかな?


「みんな、今よ!」


 おっ? サラちゃんが俺の右足を掴んで抱え込む。自分が動きを封じるから、他の皆で俺をボコれと言うことだな。うん、それもありだろう。貴族の戦い方としてはどうかと思うけど、合理的だ。

 サラちゃんの合図で、親衛隊の少女たちが一斉に殴りかかってくる。今度は三方向からで、逃げ場はない。教えた事を即座に活かせるあたり、性根は曲がってないんだよな。

むしろ素直と言ってもいいかもしれない。

 ……その素直さが他の方向に向いていればなぁ。


「非常に良い連携です。個人的には自己犠牲というのは好みではありませんが、有効で必要であるなら吝かではありません。そして、残念ながら私には無効です」


 身体強化を発動し、サラちゃんごと・・・・・・・回し蹴りを放つ。


「うえぇっ!?」

「あぐっ!」

「んぐぅっ!」

「きゃんっ!」


 サラちゃんの両足が少女たちを蹴り飛ばし、最後のフォロースルーでそのサラちゃんも飛んでいく。なんか、イヌみたいな声を上げてたな。ちょっと可愛かったかも?


「ヒト相手なら有効なのかもしれませんが、魔物相手の場合は通用しない場合もあると覚えておいてください。特に大型の魔物は、ヒトひとりくらいは軽く吹き飛ばせるくらいの力を持つものもいますので」

「ぐぐぐ……このバケモノめぇ……」


 流石に効いたみたいで、親衛隊は起き上がれないっぽい。平面に乗せて救護室へ連れて行こう。ルナ先生に怒られるかな? 美人だけど物言いがキツいんだよな、あの先生。


「はい、というわけで、皆さんは先程の私の指摘を意識しながら型を繰り返していてください。地味な基礎こそが上達への近道ですからね」

「「「はいっ!」」」


 サラちゃんたちが良い反面教師になってくれたのだろう、三年生の皆から素直な返事が返ってくる。若干怯えが含まれているような気がするけど、気にすまい。


 もう五月も末だ。日差しが強くなってきた。

 そろそろ体育祭の代表を決める時期だ。

 俺自身は決定に関与しない。生徒自身で決めてもらおうと思っている。

 さて、どうなることやら。ちょっと楽しみだ。

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