第278話
「……耳に魔力を集中させても、少し音が大きく聞こえるようになっただけですね。何か特別な変化があったようには感じません」
「そうですか、どうやら音ではないようですね。では別の方法を検討してみましょう」
コリン君の魔法が発現しない。
魔力操作はもう十分なレベルになってると思う。うちの女性陣や子どもたちほどじゃないけど、学園の生徒の中では上位に位置すると思う。元々魔法が使えていた生徒たちと比べても遜色がない。これはかなりの才能なんじゃないかと思う。
けど、肝心の魔法が発現しないのでは魔法使いとは言えない。なので、魔法の授業中に個別指導をしているところだ。他の皆には魔力制御の自習をしてもらっている。
コリン君の水見式では、俺やクリステラ、デイジーと同じ様に、何も反応が現れなかった。固有魔法特有の現象だ。
それは予想通りだったから問題ない。けど、発現の取っ掛かりが何もないのには参った。
コリン君は目が見えない。生まれついての盲目だ。明るさを感じるくらいで、物の形や色は全く分からないらしい。
その分聴覚や嗅覚が鋭くて、特に音は、十メートル離れた人の呼吸音を聞き分けられるくらいだという。いや、もうそれ魔法なんじゃないの? ってレベルだ。
だから魔法も音関連なんじゃないかと思ってたんだけど……違うのかなぁ。嗅覚のほうなのか?
「教官、僕のためにご尽力いただき、ありがとうございます。でも、僕だけが特別扱いというのは皆に悪いです。皆と同じようにお願いします」
コリン君が申し訳無さそうな小声で俺に言う。なんか子犬っぽくて可愛い。
この可愛さに気づき始めた女子が数人いて、何やら熱っぽい視線をコリン君に送っている。うんうん、青春だねぇ。
でも今は授業中だから、自分の魔力制御に集中しようね。
「うーん、それは分かるんですが、これは私のためでもあるんですよ。君が固有魔法の使い手であろうということは水見式の反応で分かっていますが、固有魔法の発現と覚醒についてはまだその手法が確立されておりません。なので、王室魔道士でもある私がその研究をするのは必然と言えます。申し訳ありませんが、しばらくお付き合いいただきますよ?」
なんて、それっぽい理由を付けてみたけど、本当は俺自身の好奇心だ。コリン君の魔法がどんな魔法なのか知りたいだけ。
「は、はい! 教官のお役に立てるなら……」
「良かったですね、コリン様」
ジェイコブ君がコリン君に声をかける。
ん? 良かったって、何が?
「コリン様はフェイス教官を尊敬申し上げておられるのです。先の戦乱の折、お若くして戦場に立ち王国の勝利に貢献なされたと、旦那様から聞かされておりましたので」
「ジェイ、それは言わなくてもいいじゃないか!」
俺が疑問符を頭に浮かべていると、ジェイコブ君が説明してくれた。
コリン君が顔を赤くして怒るけど、怒りで赤いわけじゃなさそうだ。うん、尊敬されるというのは面映い。俺も顔が赤くなってるかも。照れる。
「それは光栄です。しかし私は兵員輸送のみで、実際の戦いには参加しませんでした。前線で戦われたソウ閣下のほうが尊敬に値します。私よりもお父上を誇りに思ってください」
「ありがとうございます。教官のお言葉、父に伝えさせていただきます」
ジャーキン戦のときは、
それはそれとして、コリン君の魔法だ。どうしたものか。
「コリン君、普段の生活で何か普通の人と違うことが起きたことはありますか?」
魔法は、発現していなくても、それらしい兆候が日常生活の中に現れたりする。その人がいるとなんとなく暑いとか、静電気がパチパチしてるとか。
コリン君も、日常で何か違和感みたいなものがあれば、それを糸口に発現させられるかもしれない。
「普段の生活で、ですか? ……思い当たることはないですね」
コリン君が暗い顔をする。
おっと、しまった! 目が見えないんだから、普通なんて分かるはずないじゃんか! 我ながら馬鹿な質問をしてしまった!
「ああ、申し訳ない。愚かな質問でした、謝罪します。ジェイコブ君、君は何か気づいたことはありますか?」
「コリン様の普段の生活で、ですか? ……僕も特に思い当たることは無いですが、強いて挙げるなら多少『運が良い』ように思えます」
「運?」
「はい、コリン様はお目がよろしくないので、よく転んだりぶつかったりするのですが、不思議と大きな怪我をしたことがないのです。しても小さな擦り傷や打ち身くらいで、痕も残らないような怪我だけです」
「なるほど」
運、運かぁ。これは難しいな。
確かに『幸運』とか『危機回避』なんて魔法があってもおかしくはない。
魔力が無意識化で危険を感知して、それを回避するように意識や身体を誘導する、とかな。魔力に操られてるみたいでちょっと怖いけど、安全な日常を送れるなら悪いことじゃない。
けどそれ、どうやって発現させたらいいんだ?
敢えて危険なところに連れて行くなんてのは論外だし、でも危険にならないと発動しないなら、日常生活では機会がないよなぁ。
サイコロでも振らせるか? 賭博でもさせる? いやいや、それはダメだろう、人として!
うーん、手詰まりだな。何かできないか、持ち帰って考えてみよう。
けど、やっぱり日常でもぶつかったり転んだりするんだな。目が見えないっていうのは俺が考えるより大変そうだ。
……気配察知を教えてみようか?
うん、いい考えかもしれない。まだ俺以外に使える人がいないけど、魔物の中には魔力を感じられる奴もいるから、固有魔法ってわけじゃないはず。ウーちゃんやタロジロ、ピーちゃんは魔力が見えてるっぽいもんな。ヒト種でも、教えたら使えるようになる可能性はある。
コリン君は目が見えない分、他の感覚が発達している。だったら魔力も感じられるようになるかもしれない。
気配察知が使えたら、周囲の様子が朧げでも把握できるようになるはずだ。聴覚や嗅覚と組み合わせれば、日常生活での不便は大きく減るだろう。
それに魔力が見えるようになれば、自分の周りで起きる魔法由来の現象を認識出来るかもしれない。そこから自分の魔法を発現させるきっかけが見つかるかも。
おお、いいじゃないか! ちょっと兆しが見えてきた!
「では、少し方針を変更しましょう。コリン君には、周囲の魔力が見えるようになる訓練をしてもらいます」
「魔力が見える?」
「はい。今のところ私にしかこの技術は使えませんが、他の人が使えないと決まったわけではありません。魔物の中には魔力を察知するものもおりますし。少々迂遠ですが、これが魔法発現へ繋がる可能性もあります。日常生活でも役に立つでしょうし、どうですか?」
「教官と同じ……はい! 是非よろしくご教授お願いします!」
「良かったですね、コリン様!」
うん、よい笑顔だ。
ジェイコブ君の微笑みにも暗い部分がない。良い主従関係なんだろう。
「(ボソボソ……教官攻め……コリン受け……ボソボソ)」
「(ボソボソ……いやいや、ジェイコブ総受けも……ボソボソ)」
そしてどうやら、悪い文化がこのクラスで流行り始めたみたいだ。
『ホモが嫌いな女子はいない』と言ったのは誰だったか……異世界でも歴史は繰り返すのか。知りたくなかった真実だ。
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