第277話

 今日も今日とて、学園で教育者の真似事だ。

 教員免許があれば教育者としての心構えもできたんだろうけど、俺は教職課程を取ってなかったからなぁ。

 出来るのは、前世で後輩に教えてた時のような、実務一辺倒の技能伝承だけだ。とても教育者とは言えない。どっちかって言うと、職人の親方かな。


「教官、質問があります」

「はい、なんですかバイデン君」


 柔道の基本、受け身の練習中にバイデン君が話しかけてきた。しゃがんだ状態からの後ろ受け身だ。顎を引いて、後頭部を打たないようにするのがポイント。

 場所はいつもの訓練場だけど、今日は備品のマットを敷いてある。安全第一。


 バイデン君は何事にも積極的だ。性格は素直で明るくて、社交性も高い。

 これでイケメンだったらリア充ど真ん中だったんだろうけど、残念ながらフツメンだ。だが、そこがいい。それがいい。

 この学園にはクラス委員制度はないけど、任せることがあるならバイデン君にお願いしたいくらいだ。

 個人的には、委員長には黒髪おさげでメガネの女性を推したいんだけど、残念ながらこのクラスには黒髪の女性がいない。メガネもいない。

 こんな定番も押さえていないなんて、この世界はファンタジーを舐めているんじゃないかと思う。

 いや、でも委員長は学園モノだな。あれも一種のファンタジーだけど、ジャンルが違ったか。残念。


「武術未経験者なら、どんな武器がお勧めですか? 恥ずかしながら、僕はあまり剣術が得意ではなくて」

「そうですね……初めてなら片手棍ですかね」

「片手棍、ですか? 槍ではなくて?」

「ええ。槍も悪くないですが、一定以上の習熟には高度な訓練が必要なんです」


 槍は突くことに特化した武器だ。もちろん、振り回して両手棍のように使うこともできるけど、基本的には中距離で一方的に突くことを前提に作られた武器だ。

 極端な話、突くという動作だけを極めればいいので、ある一定のレベルまではすぐに熟練度が上がる。剣だと斬る動作だけで大雑把に唐竹、袈裟、横薙ぎ、逆袈裟、左逆袈裟、左薙ぎ、左袈裟の七種類、さらに突きも含めると八種類も練習しなければいけない。

 しかし槍は、接近されると途端に動きが制限されてしまう融通の利かない武器でもある。穂先に殺傷力が集中しているので、接近されるとそれを効果的に使えなくなってしまうからだ。

 さらには、森の中などではその長さが弱点になることもある。周囲の木が邪魔になって、思うように取り回せなくなるからだ。

 もちろん槍使いもそんなことは承知しているから、それを挽回するための技術を持っている。できないと生死に関わるんだから当然だ。

 ただ、それを習得するには非常に膨大な訓練時間が必要になる。それこそ、剣技を極めるのと変わりないほどの時間が。

 ある一定までは手っ取り早く強くなれるけど、そこから先は苦難の道。それが槍術だ。


 一方の片手棍術は、誤解を恐れずに言うと、大雑把剣術だ。

 剣術と同じように、八種類の斬る動作と突きの動作がある武術だけど、剣術との違いは刃筋を立てる必要がないことだ。

 剣術では斬ることが必要だから、刃の部分を目標へ正確に当てなければならない。これを刃筋を立てるという。

 ちゃんと刃筋を立てないと、斬れないどころか、剣が折れたり歪んだりして使えなくなってしまう。戦場で武器が使えなくなるということは、それは命の危機を意味する。

 これを身体に覚え込ませるために成立したのが剣術の流派であり、その習熟度を表すのが段位だとも言える。極めるには人生をかけるほどの時間が必要だ。それくらい剣術では重要な技術だ。


 しかし、片手棍はそうではない。そもそも刃が付いていないから、刃筋を立てるという概念がない。先端のほうが遠心力によって威力が大きくなるから、できるだけ先端を当てたほうがいいという程度だ。

 極端な話、腕力で振り回すだけでそれなりのダメージを与えられる、お手軽な武器といえる。

 威力だけなら両手棍のほうが高いけど、片手棍は取り回しが楽なのも初心者向けだ。

 さらに、その使用方法から、棍は非常に頑丈に作られている。ちょっとやそっとじゃ折れたり曲がったりしないし、曲がっても問題なく使えたりする。なので、戦場で武器を失う懸念が小さい。


「というわけです」

「ははぁ、なるほど。でも、あまりカッコいい印象はないですね、片手棍」


 バイデン君はちょっと素直すぎるかもしれないな。思ったことがすぐに口から出てしまっている。やっぱり委員長には向いていないかもしれない。

 まぁ、確かに、剣に比べて華はないかもな。地味だ。


「ですねぇ。でも実用的ではあります。私の父も片手棍を愛用していますし」

「教官のお父上ですか?」

「はい。冒険者時代からの縁で、今はワイズマン伯爵家の従士長をしております。盾と片手棍を使った戦いが得意です」

「ワイズマン伯爵……って、あの旋風殿ですか!? その従士長で盾!? もしかして『鉄壁グレン』ですか!?」


 バイデン君が叫ぶと、周囲の目がこちらに集まる。女子は驚いただけっぽい。すぐに受け身の練習に戻った。

 けど、男子はこちらの話に興味津々だ。受け身をとりながらも、聞き耳を立ててこちらに注意を向けている。実に分かりやすい。


「確かに父はグレンですが、鉄壁? ですか?」

「はい! 現役時代の旋風ダンテス様のパーティメンバー、鉄壁のグレン、無音のデント、剛弓セージと精弓ピースですよ! ご存知ないんですか?」

「いいえ、初耳です」


 父ちゃんたちもふたつ名持ちだったのか? 初めて知った。

 いや、村長が超有名人だったんだから、そのパーティメンバーだった父ちゃんたちもそれなりに名前が売れてて当然か。


「かつての第三次ドルトン防衛戦で、町に侵入してきた魔物の群れをたった五人で押し返した旋風パーティ……幾度となく訪れたパーティメンバーの危機を、その身体と盾で守り通した鉄壁のグレンと言えば、冒険者の間ではそれなりに知られた名だと思うんですが……本当にご存知ない?」

「まったく。私にとって父は、極普通の辺境の農夫でしたので」


 いやむしろ、なんで冒険者の俺が知らないことを君が知っているんだよ、バイデン君?

 うちの父ちゃんって、魔物退治のとき以外は、のんびりしたタダのイケオジだったもんな。なんなら、ちょっと頼りないくらいだった。いつも母ちゃんの尻に敷かれてたし。そんなふたつ名があるなんて思わねぇよ。


「なるほど。しかし、グレン殿の盾術は知られていますが、武器は片手棍だったのですね。知りませんでした」

「ええ。一度飛竜ワイバーン戦を手伝いましたが、我が父ながら見事な棍捌きでしたよ」

「飛竜!? 凄い、流石はフェイス流武術! なるほど、源流は鉄壁グレンですか。それならあの強さも納得です!」


 いや、だから何なの、そのフェイス流武術って?

 あっ、お前か? お前が広めてるのか? インフルエンサーなのか! まぁ、実害が無いからいいけどさ、調子に乗ってると痛い目見るかもよ?


 でも残念ながら、その武術の源流は父ちゃんじゃないんだな。前世の色々な格闘技の寄せ集めだ。今も柔道の練習をさせているわけだしな。

 まぁ、役に立てばなんでもいいんだよ。武術には著作権なんて無いんだから、パクれるものは全部パクる! もうデザイナーじゃないから、やりたい放題だ! 誰も俺を止められないぜ!


「はい、それはいいとして。それではあと十回やったら、次は横受け身を左右交互にいきますよ! 身を護る技は重要です、鉄壁とは言いませんが、石壁くらいには鍛えますからね!」

「「「はい!」」」


 とりあえずは柔道の真似事だけどな。


 けどなんか、話を聞いてた男子のやる気がアップしているように見える。何か触発されたのかね?

 父ちゃんも、たまには役に立つじゃん。

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