第280話

 おっ、惜しい。

 コリン君がもう少しで偽占い玉に触れそうだった。どうやら薄ぼんやりと気配(魔力)が見えるようになってきたみたいだ。順調順調。

 訓練を始めてから二週間。いい進捗なんじゃなかろうか?

 多分、授業のない日も訓練しているんだろう。コリン君は真面目だからな。無理しなきゃいいんだけど。

 いや、楽しいのかもしれない。

 今まで盲目のせいで引きこもり気味の生活だったらしいから、学園生活はさぞかし刺激的なことだろう。

 しかし、それに伴って劣等感も強くなったはずだ。他の人にはできることが、自分にはできない。そういう劣等感だ。


 それが払拭されるかもしれないのが、この気配察知の訓練だ。

 もしできなかったらという不安はあっただろう。しかし今の様子を見る限り、ある程度の手応えは感じていると思われる。つまり、希望が持てたということだ。

 自分の成長が感じられると、人はやる気を出せる。褒められて伸びるというのは、そういうことだ。

 おっと、俺もここで褒めておかないとな。かのヤマモトさんも『褒めてやらねば人は動かじ』と言っていることだし。


「コリン君、今のは惜しかったですよ。指先に感触があったのではないですか? 順調に習得できていますね」

「はい、ありがとうございます教官! ぼんやりとですが、近くのものが見えるようになってきた気がします」


 コリン君が笑顔で答える。仔犬みたいに屈託のない笑顔だ。全身から嬉しいオーラが撒き散らされているように見える。この素直さが上達の秘訣なんだろうな。


「ふん! オレも負けないからな、コリン!」

「うん、一緒に頑張ろう、ジャンポール君」


 俺がコリン君の面倒を見ることが多いからか、ジャンポール君はコリン君の近くに座って講義を受けるようになった。俺がコリン君に教えていることを、自分も聞いておこうという魂胆だと思われる。

 必然、ふたりはよく話をするようになり、その仲は悪くないように見える。

 ジャンポール君はコリン君をライバル視しているように振る舞っているけど、さり気なくコリン君のサポートをしていたりするのを見る限り、他者に対する思いやりというものを持っているのは間違いない。強く当たっているのは照れ隠しだな。ツンデレだ。男のツンデレに需要はないと思うけど。


「(ナニアレ、萌える)」

「(内心と裏腹のキツい言動、萌える)」


 ……需要はあるみたいだ。なにやら腐臭が漂っている。うーん、どうしたものか。

 よし、関わりたくないから関わらないようにしよう。そうしよう。


 ジャンポール君の魔力操作も大分上達してきた。まだ少し集中が必要だけど、魔力を動かすことはできるようになっている。次は練った魔力のキープだな。身体強化への第一歩だ。


「うっ、くぅっ! 纏めた魔力が散ってしまう! 集中が足りないのか!?」

「確かに、これは、難しい!」


 頑なに『コリン様より早く魔法を使えるようになるわけにはいかない』と魔法の発現を遅らせているジェイコブ君だけど、その分、魔力操作は上達している。

 座って操作をするのは既に問題ないので、今は身体を動かしながらの操作を訓練している。教えた体術の突きや蹴り、受けの動きをしながらの魔力操作だ。既に魔法を使えている数人と一緒に訓練をしている。

 魔法自体の練習をしてもいいんだけど、もうすぐ体育祭ということで、皆身体強化の訓練をしているのだ。体育祭は魔法禁止だけど、身体強化は可だからな。これも魔法の練習の内だし、問題ない。


 やはりというか、身体強化で最初に躓くのが、この動きながらの魔力操作だ。うちの女性陣も皆苦労していた。すんなりできていたのはアーニャくらいだ。

 アーニャは何気にスペックが高いんだよな。お魚絡み限定だけど物覚えも良いし、料理以外の家事も上手い。子守りは特に上手い。でも何故か残念枠だ。不思議。

 ジェイコブ君もやはり苦労している。身体を動かすと、魔力が散ってしまうのだ。

 俺の場合、身体強化を覚えたときはまだ赤ん坊だったから、そもそも身体を動かすこと自体が大変だった。むしろ身体強化のおかげで身体を動かせるようになった感じだから、皆とは前提条件が違い過ぎて的確なアドバイスができない。うちの女性陣の経験から語るしかない。


「おそらく集中しすぎですね。無理に維持しようと思わずに、動いて散ってしまったらまた纏うようにしてみてください。そのうち動いても散りにくくなりますよ」

「「「はい、教官!」」」


 皆素直だ。

 前世だと跳ねっ返りというか、『体制(社会)に反発するのがカッコいい』と思っている可哀相な頭の子が必ずいたものだけど、この世界ではあまり見かけない。

 まぁ、全く居ないわけではない。盗賊ギルドとかあるし、不良冒険者とか悪徳貴族もいるし。


 その理由は多分、ここが神様が実在するファンタジー世界だからだ。

 ファンタジー世界では命が軽い。貴族に逆らえば命を失い、魔物に襲われれば命を失う。村の掟に逆らえば追い出されて野垂れ死にし、神様の怒りに触れれば天罰を落とされて命を失う。社会からはみ出せば犯罪者になり、あるいは奴隷になって一生日陰者として生きていくことになる。

 つまり、跳ねっ返りや反社会的行動に寛容な世界ではないのだ。ヤンキーや半グレののさばる余地がない。そういう甘えた考えを持つ者は、許されずに淘汰されてしまう。

 ファンタジーには夢があるけど、厳しい所は現実より厳しいということだな。生きるって難しい。


 各学年とも、魔法も武術も、授業は順調だ。おおよそ予定通りにカリキュラムを消化している。

 まぁ、ざっくりとしかカリキュラムを決めていないから、進捗が遅れるということは早々ないんだけど。

 魔法に関しては、卒業までに三年生なら三分の一、二年生以下は六割以上を魔法使いにすることを目標にしている。

 例年なら一割程度が魔法使いとして卒業するそうだから、俺の設定した目標は遥かに高い。

 主任以下の貴族派教師たちからは、無謀な目標と笑われた。それでもその目標設定が認められたのは、達成できなかったときに俺を罷免する理由とするためだ。

 たとえ例年より高い割合で魔法使いが育成されても、設定目標に達しなかったら教育者失格として糾弾するつもりなのだ。せこい。

 ただ、俺には既に魔法使い育成のノウハウがある。それも百パーセントの。

 だから、表向きに設定した目標とは別に、個人的には教え子全員の魔法使い化を目標に設定している。目標はより高く、だ。

 もちろん、それが難しいということは分かっている。ノウハウが適用できないケースもあるだろうからだ。

 コリン君が、まさにそれだ。固有魔法という、ノウハウが通用しないケース。


 ぶっちゃけると、俺がコリン君に構っているのはそういう個人的な理由からであって、教育者としてではない。使命感からじゃなくて、達成感を求めてのことだ。教育者としては失格かもしれない。

 けど、それで誰も損をしないなら、それでいいとも思っている。誰もが聖者じゃないんだし、個人的な欲で行動するのは恥ずかしいことじゃない。

 むしろ、それで皆が幸せになれるなら何も問題はないとも思っている。もっとやるべきだ。

 というわけで、俺は俺のやりたいようにやる。周りに迷惑をかけない範囲で。


 パシッ!


 おっ?


「やった! 捕まえました! 教官、見えました!」


 コリン君が喜びの声を上げる。

 その両手には、俺の偽占い玉がしっかりと抱えられていた。

 うむ、カリキュラムの進捗は順調だ。

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