第281話
「見える、見えます! 教官、世界が見えます!」
「それは良かった。コリン君の努力の賜物ですよ。おめでとうございます」
「はいっ! ありがとうございます!」
世界が見えるとは、随分と大きく出たな。
けど、今まで暗闇の中で生きてきたコリン君にとっては初めての経験だ。それくらい感動的な出来事だったんだろう。世界レベルの話に思えてもおかしくない。
「今のコリン君には、世界がどんな風に見えていますか?」
「えっと、魔素の濃いところは明るくて薄いところは暗い感じです。それが物や人によって、人の場合は身体の部位によっても濃淡が違って見える、感じでしょうか?」
「なるほど」
ふむ。俺の気配察知と大きくは違わない感じだな。俺の場合は濃淡に加えて色が違って見えるんだけど、コリン君の場合はモノクロっぽい。
そりゃそうか。ずっと盲目だったコリン君に色の概念があるはずがない。明るい暗いくらいしか分からない世界で生きてきたんだもんな。
「あれ? えっと、教官? そこに居ますよね?」
「? ええ、ここに居ますよ?」
ん? どうした? 何か問題か?
「えっと、あれ? 声で教官がそこに居るのは分かるんですけど、教官が見えないんです」
へ? ああ、そうか。そういうことね。
「これは失礼、これでどうですか?」
「あっ! 見えます、見えました!」
一体何があって、何をしたのか。気配察知を使えない人たちにはサッパリだっただろう。何しろ、見た目には何も変化は起きていないんだから。
俺がやったことは簡単で、抑えていた魔力をほんの少し開放しただけだ。
普通、人に限らず全ての生き物は、その持っている魔力に応じた魔素を周囲に放出しながら生活している。制御されていない魔力が、魔素として周囲に拡散されているのだ。
強い魔力を持つ人や魔物からは多く、そうじゃない人や魔物からはそれなりの魔素が放出されている。気配察知ではこれを感知して、濃さや色として認識している。
俺の場合、この漏れ出る魔素を普段から制御して生活している。極力抑えて日常生活を送っているのだ。
なぜそんな事をしているのかと言えば、それはひとえに毎朝のペットたちとの散歩のためだ。
俺の散歩は、ペットたちのエサ狩りの時間でもある。手近な魔境へ行って新鮮な肉を狩ってくるワイルド散歩だ。
狩りの方法としては、ペットたちが勢子として獲物を追い、俺が平面魔法で動きを封じ、追いついたウーちゃんたちが仕留めるというパターンが多い。ウーちゃんたちイヌ系の魔物は、獲物を追いかけるのが好きだからな。いい運動にもなるし。
その際、俺が魔力を抑えていないと、高確率で獲物に勘づかれてしまうのだ。魔力に敏感な魔物だと、俺の気配に気付いて近づく前に逃走してしまうことが多々あるのだ。
それでは狩りにならないので、俺は極限まで魔力を抑えて行動するようになったというわけだ。
しかし、ただ魔力を抑えればいいというわけではない。完全に魔力を絶ってしまうと、今度はそこだけ魔素の真空地帯のようなものが出来てしまう。大気の中にも魔素は存在しているのに、俺の周りにだけ魔素が存在しない空間が出来てしまうからだ。神経質な魔物だと、その違和感を察知して逃げ出してしまうのだ。
なので待ち伏せのときは、大気に含まれる魔素と同じ濃度になるよう、絶妙に自然な魔素量に抑える必要がある。
これを普通に行おうとすると、実は結構難しい。
というのも、大気中に漂う魔素の濃度というのは常に一定ではないからだ。
そこに生物が居ればそいつから放出される魔素で濃度が上がるし、夜に休眠していた樹木が朝に目覚めて光合成を始めるだけでも微妙に濃度が変わる。一刻も同じ状態ではないのだ。
それを考慮して放出する魔素量を調整するのだから、その難易度たるやルナティックでも生ぬるいだろう。
まぁ、俺はできちゃうわけだけど。
実のところ、気配察知がある俺にとってはそれほど難しくはない。周囲と同じ濃さにすればいいだけなんだから。
もう十年も魔法使いをやっているから、魔力操作はお手の物だ。むしろ、これくらい繊細な調整でなければ、もう訓練にもならない。
というわけで、普段から周囲に溶け込むように魔力を調整していたせいで、コリン君の気配察知では俺が空気にしか見えなかったというわけだ。
それをやや強めに放出させるように変えたので、コリン君にも見えるようになった。
気配察知を覚えたコリン君なら、いずれ同じことができるようになるだろう。
「……凄い、全く揺らぎがない。これが王室魔道士……」
「おいコリン、何がそんなに凄いんだ?」
ジャンポール君が不審な顔でコリン君に話しかける。見えない人には分からない世界の話だからな。さもありなん。
「教官の魔力だよ。他の人は濃くなったり薄くなったり、物でさえ微妙な変化があるのに、教官の魔力は全く変化していないんだ。魔力を完璧に制御している証だよ」
おー、コリン君はやっぱり優秀だな。早くも気配察知から得られる情報の意味に気がついたか。
そう、単に濃い薄いだけじゃなく、変化にも意味がある。
魔法を撃つ時はそこに強い魔力が集中するし、逆に魔力が薄いところは怪我や病気などで調子が悪いところだったりする。
得られた情報からその意味を考察するというのは、魔法だけじゃなく、生きること全てで役に立つ行動だ。情報は集めるだけじゃ意味がない。活用してこその情報だ。
「そうなのか? オレには何かが変わったようには見えないんだけどな?」
「今の僕には分かるよ。他の人は、僕も含めてだけど、身体の中に魔力の濃いところと薄いところがあるんだ。指先は濃いけど、手のひらは薄いって感じにね。けど、教官は全身が均一な濃さなんだよ。指先も腕も胴体も、全部が同じ。空気よりも、ほんの少し濃いだけ。まるで、そこに人型の壁があるみたいだ。さっきは全く見えなかったし……魔力が見えるようになって少し教官に近づけたと思ったけど、今は見えなかったときよりも遠く感じるよ。凄い、これが王国最強の魔法使い……」
「そ、それほどなのか(ゴクリ)」
いやいや、コリン君もジャンポール君も、そんな深刻にならないで。
というか、俺が王国最強なの? いつの間にそんな評価が? 俺より魔力の多い人や使い慣れている人はいくらでも居そうだけどな。
俺なんてせいぜい十年くらいしか魔法使いをやっていない。王国は広いんだし、何十年も魔法を使っているベテランなんてゴロゴロいるだろう。俺より強い人もいるんじゃないかな?
「王国最強は持ち上げすぎです。君たちもいずれこれくらいはできるようになりますよ。そのためのこの魔法の講義ですからね」
「はい、がんばります!」
「オレも負けないからな!」
「皆さんも気負わず、自分の早さで上達していけばいいですからね。『魔法は一日にして成らず』ですよ」
「「「はい!」」」
うんうん、こんなお子様が教師だなんて最初は大丈夫かと思ったけど、意外になんとかなるもんだ。
◇
「えっ!? コリン君とジェイコブ君が怪我!?」
翌日、前日の夜中に突如コリン君の魔法が発現し、同室のジェイコブ君と共に軽傷を負ったという報告を受けた。
順調だと思ってたらコレだ。
好事魔多しとはこういうことか。
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