第282話

「大したことはないよ、単なる打ち身と軽い擦り傷だけさ。膏薬を塗って包帯を巻いておしまいだよ」

「そうですか、良かった」


 救護室で校医のルナ先生に話を聞くと、コリン君とジェイコブ君の怪我は聞いていた通りの軽傷だったらしい。大事がなくて何よりだ。

 なにせ、初めて受け持った魔法の授業の生徒から、魔法が原因で怪我人が出ちゃったんだからな。責任を考えると落ち着かない。指導方法の改善を考えないといけないかもな。


「何考えてるのか分かるよ。責任を感じてるんだろう?」

「あれ、顔に出ちゃってましたか? すいません、若輩者なもので」


 ルナ先生に指摘されるほど顔に出ていたらしい。まだまだ俺も子供だな。精神的には十分大人のつもりなんだけど。

 いや、訓練しないとポーカーフェイスは身につかないか。必要なのは年齢じゃなくて場数なのかも。貴族には必須のスキルだろうし、これから鍛えていくしかないな。


「本当に子供なんだからしょうがないさ。アンタはよくやってるよ」

「ありがとうございます。……ルナ先生に褒められたのは初めてかもしれませんね。何時も怒られてばかりですから新鮮です」

「当たり前だよ、アンタの武術の授業で何人ここへ運ばれたと思ってるんだい! もう例年の三倍くらい膏薬を使っちまってるんだよ! 責任を感じるならそっちの方で感じな!」

「いやぁ、武術には危険が付きものですので。生徒たちの将来を思ってのことですから、そっちは必要経費として諦めてください」

「ちっ、そういうところは子供らしくないね! まったく、可愛げのない!」


 褒められたと思ったら貶された。上げて落とすのは酷い。茶化した俺が悪いんだけど。

 まぁ、それもルナ先生なりの激励だろう。口は悪いけど、俺を心配しての行為だと思う。基本的にはいい人なのだ。


「……本当に、気にすることはないよ。例年、毎年のようにあることさ。学園で初めて魔法の授業を受けて、魔法が発現して怪我するなんていうのはね。何年かに一回は、小火や寮の破壊なんてことも起きるものさ。アタシが赴任してくる前には、生徒は全身火傷、寮は全焼なんてこともあったらしいよ。今回は軽い怪我だけで済んだんだ。御の字だよ」


 ほら、やっぱりいい人だ。俺の心の負担を軽くしようとしてくれている。

 黙っていればゆるふわ系の美人だし、スタイルもなかなかのものだ。白衣を押し上げるお胸様の自己主張は激しいし、スカートから覗く御御足おみあしもスラリと滑らか。

 他人への気遣いも出来るし、本当、この口の悪さだけが嫁げいけない理由だよなぁ。もったいない。


「今、失礼なことを考えなかったかい?」

「イエ、ナニモ?」


 また顔に出ていたらしい。これは早期にポーカーフェイススキルを獲得する必要があるな。俺の身の安全のために。


「まぁいいさ。あのふたりは怪我が大したことなかったから、今日の午前中の授業は休講ってことにして、部屋の片付けをさせてるよ。アンタも暇なら手伝いに行ってあげたらどうだい?」

「そうですね。どういう状況でどんな魔法が発動したのか気になりますし、そうさせてもらいます。お時間いただきまして、ありがとうございました」

「はいよ。あんまり生徒をここへ来させるんじゃないよ」

「その点に関しましては、前向きに検討させていただきたいと思います。では」

「本当に可愛げがないね! さっさと行きな!」


 国会議員風の答弁をしてから救護室を後にする。申し訳ないけど、これからも武術の授業では度々お世話になるだろうからな。確約はできない。


 さて、それでは現場検証に向かいますか。どんな事件が起きたのかつまびらかにしないとな。



「教官!? 申し訳ありません、ご覧の有様で、今日午後の授業も受けられるかどうか……」

「いや、それはいいんですよ。それよりも、これは凄いですね」


 寮に行くと、部屋から出てくるジェイコブ君と鉢合わせた。手には子供の頭くらいの大きさの、わりとゴツゴツした石を抱えている。右の手首に包帯が巻かれているけど、大丈夫なのか?

 部屋を覗くと、これは……石? 木箱? 剣もあるな。十畳ほどの広さの部屋の、半分以上がそんなガラクタで埋まってる。どんな魔法が発動したらこんなことになるんだ? どこかの採石場でも召喚したのか?

 あー、備品の二段ベッドがペチャンコだ。正確には、下段のベッドが潰れて廃材になっている。上段のベッドは、下段が壊れた影響で真ん中に負荷が集中したんだろう、枠組みの一本が真ん中から折れ曲がっている。修繕するよりも買い換えるほうが早いだろうな。

 この状況から察するに、軽傷で済んだのなら御の字だろう。そういえば、ジェイコブ君が『コリン様は運がいい』とか言ってたな。確かに運がいいのかも。

 寮の裏庭には、今この部屋にあるガラクタよりもちょっと少なめの石の山があった。あれは既に運び出した分だったんだろう。これを人力で運び出してたのか、大変な作業だ。寮の二階だし、荷車なんて持ち込めないから仕方ないか。


「手伝いましょう。裏庭に運べばいいですか? 石とそれ以外は分別しますか?」

「いえ、それは!」

「いいんですよ、早く終えないと、今日寝るところも確保出来ないでしょう?」

「う……すいません、お願いします」


 いくら身体強化があると言っても、この物量の前には焼け石に水だ。そもそも、ふたりの身体強化はまだそこまで熟練していない。身体強化を発動しながらの作業はまだ難しいはず。現に、ジェイコブ君は既に疲労困憊の様子だ。


「教官、おいでになられていたのですね! ……申し訳ありません、僕の魔法が暴発したためです。どのような処分でもお受け致します」

「あー、いやいや。学園ではよくあることらしいので、処分はありませんよ。今日はお手伝いに来ただけです」


 コリン君が階下から階段を登ってきた。足取りに若干のためらいが見られるけど、どうやら気配察知は問題なく使えているみたいだ。日常生活に問題はなくなりつつあるようだ。

 開口一番にまた謝られたけど、俺としては本当に思うところはない。

 学園としても、生徒が魔法を使えるようになったことは喜ばしいことだそうで、処分しないということは確認済みだ。だから本当に問題はない。問題なのはこの部屋の現状だけだ。


 ということで、早速片付けにとりかかる。いつもの手法でいいだろう。

 ガラクタにヌル(点オブジェクト)を貼り付け、浮かせて窓から外へ運び、裏庭の石の山の上に積み上げる。木箱なんかの用途不明な物は、別の山を作って積み上げていく。これを繰り返すだけだ。

 仕分けは俺じゃ分からないから、あとでふたりにしてもらおう。なんか、由緒のありそうな懐剣とかも混じってるし。


「す、すごい……」

「これが魔法……こんな魔法があるなんて……」


 まるで魔法のように(実際に魔法なんだけど)勝手に浮かび上がって移動していくガラクタを前に、ふたりが言葉を失ってポカンとしている。

 なんか、久しぶりにこの顔を見た気がするな。初めて俺の魔法を見ると大体の人がこんな顔をするんだけど、最近はあまり使うことがなかったからな。

 そもそも、冒険自体をしてないんだよなぁ。冒険分が不足している。そろそろ、まだ見ぬ秘境を探検したい。夏期休暇に行ってこようかな? 竜哭山脈に生のドラゴンを見に行くとか。いいね、前向きに計画を立てよう!

 それはそれとして。


「こんなものですかね。あとの掃除はおふたりでどうぞ」

「あっ、えっ? もう終わった、んですか?」

「ええっ!? あんなに沢山あったのに……」


 何千個あったかはわからないけど、何百万個ものパーティクルを日頃から操っている俺にかかれば、これくらいの作業は造作もない。一分もかからず、全てのガラクタを外に運び終えた。

 壊れたベッドも外のガラクタ置き場へ移動させた。新しいベッドは学園で用意してくれるだろう。運び込むのは学園でやってくれるはず。……俺がやることになりそうな予感がするけど、きっと気の所為だ。

 床には石が削れたらしき大量の砂が残っているけど、その掃除くらいはふたりにしてもらおう。全部俺がやるのは何か違う気がするし。


「それで、今回の事なんですが、何が起きたのか教えてもらえますか?」

「あ、はい。でも、ここはちょっと汚れているので、喫茶室へ移動しませんか? ジェイコブ、お掃除を任せてもいい?」

「はい、お任せください。教官、助かりました。ご助力ありがとうございます」

「うん、頑張り過ぎない程度に頑張ってね」


 後をジェイコブ君に任せて、俺とコリン君は部屋を出る。ジェイコブ君は真面目だからな。適度に手を休めてくれるといいんだけど。


 さて、ようやく本題だ。コリン君の固有魔法は何なのかな?

 まぁ、この状況を見る限り、多分アレだろうけどな。異世界もののド定番、三大チートのひとつのアレ。

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