第338話

 農場は結構広め。見渡す限りの畑には、芋や麦、米なんかの主食系と葉物野菜や根菜類、豆類が、区分けされて生い茂っている。どれも生育は順調みたいだな。


「ちょっと待て! なんでぇこの麦は!?」

「え? ああ、知り合いに分けてもらった麦だよ。ネコ麦って言うんだって」

「いや、名前を聞いてるんじゃねぇよ! この粒と穂のデカさのことを言ってんだよ!」


 王様が麦畑を見て喚いてる。血圧高め?

 まぁ、このネコ麦は特殊だからな。疑問に思うのも無理はない。

 通常、麦という作物は一株あたりの収穫量がそれほど多くない。確か、一粒の種籾から二十粒くらいの実が取れれば御の字だったはずだ。

 米は百倍を超えるらしいから、単純な面積当たりの効率だと米のほうが優れてるってことになる。

 もちろん、それは現代の品種改良されたものの話で、この世界ではもっと効率が悪い。一粒から十粒くらい穫れたら豊作って感じ。

 ところがだ。俺がとある伝手で入手したこのネコ麦は、一粒から五十粒くらい収穫できる。麦としては驚きの倍率だ。

 しかも、その粒が異常に大きい。普通の麦が米粒から小豆くらいの大きさなんだけど、このネコ麦は大豆くらいの大きさの粒が付いている。とんでもない大きさだ。

 その大きさ、重さを支えるために茎も太くて、ちょっとした木の枝くらいの太さと硬さがある。なので、収穫がちょっと大変らしい。

 一言で言うと、ネコ麦は大麦を超えるジャンボ麦なのだ。


「ああ、うん。大きいよね。味もそこそこだったよ。後でこの麦で作ったパンを出すね」

「いや、そうじゃ! ……いや、なんでもねぇ。お前ぇはそういう奴だったな」


 王様は何かを諦めたらしい。でも、諦めるより受け入れたほうがいいよ? 似ているけど、大分違うから。主に精神衛生的に。

 ちなみに、このネコ麦は成長もとんでもなく早いんだけど、それは言わないほうがいいかな? 年に五回以上収穫できるらしい。

 ただし、その分土地の栄養も消費してしまうから、実際には二回か三回が限度らしい。化成肥料があればな。


 俺の『パンを〜』という発言を聞いて、ルカとサマンサが拠点へ駆けて行った。パンの仕込みをするんだろう。お手数をおかけします。


「これは米ってやつか。ん? こっちと向こうで種類が違ぇな?」

「うん、こっちのはジャーキンで作られてた従来の米で、向こうは別の伝手で手に入れた違う種類の米だよ。味もそうなんだけど、お酒造りに使ったときに差が出るかもと思って育ててる」

「ほう、それは興味深い。うちの蔵でも試してみたいな」

「うーん、まだ分けられないかな。これは育て始めたばかりで、ちゃんと収穫できるかわからないんだよね」

「そうか、残念だ」


 伯爵そんちょうが米に興味を示す。そうだよね、自領の特産品に関わる話だもんね。

 ちなみに、この米(従来のじゃないほう)もやたら成長が早い。植えたのは夏頃だったのに、来月には収穫できそうだ。こいつも年三回くらい収穫できそうだな。

 でも、ちゃんと収穫できるまでは油断しない。取らぬ狸のなんとやらにならないようにしないとな。


「あとは……あれはチッキか。放し飼いにしているんだな」

「うん。小屋はあるけど、朝晩の餌と寝るときに戻るだけだね。まだ肉はとってなくて、主に卵を採るために飼ってる感じかな」


 タンパク質は重要。この拠点には子猫もいるしな。子どもの成長には動物性タンパク質は不可欠! いっぱい玉子を食べて大きくおなりー。


「しかし……マジで農場全体を大蜘蛛の網で覆ってんのかよ。もったいねぇな」


 まだ言ってるのか、往生際の悪い王様だ。諦めろ、これが大森林だ。


「しかし、ひれぇな。これなら食い物には困らねぇか」

「この規模の農場となると管理するのも大変……ああ、そういうことか。なら大丈夫だな」


 伯爵が何かに気付いたっぽい。まぁ、自分の領でもやってることだし、そりゃ気付くよな。


 この拠点にいるのは、ほとんどが俺の奴隷だ。俺の命令には絶対服従。

 その奴隷たちには、秘密厳守を命じた上で魔力操作を仕込んでいる。つまり、全員ではないけど、身体強化が使える。

 身体強化が使えると農作業が捗る。広大な農地でも管理可能ってことだ。人海戦術だけど。

 いずれは農業機械を作るべきかな? 機械導入で労力が減れば、その分余暇ができるもんな。充実した人生には上質な休暇。これ大事。

 とはいえ、まだこの拠点は人口が少ない。管理できる農地は、今はこれが限界だろう。まだ農地にできる土地はあるけど、広げるのはもっと人口が増えてからかな。


 農場はこのくらいにして、次はいよいよ居住区だ。農地区画から居住区画へと続く石畳の道を皆で歩いていく。


「この道も、やたらと綺麗きれぇだな。継ぎ目が全然ぇじゃねぇか」

「うん、うちの土魔法使いジョンが頑張ってくれたからね」


 この拠点を凄腕土魔法使いのジョンに作ってもらったということは、既に王様にも伯爵にも伝えてある。

 ただし、ジョンがダンジョンであることは秘密だ。ただのヒト種だと思うように誘導してある。

 こればかりはねぇ。今の人類にダンジョンのテイムは早すぎる。


「そのジョンって奴に会うことはできねぇのか?」

「無理だね。引き籠もってるし人見知りも激しいから。初めて会う人には攻撃魔法を撃っちゃうんだよ。僕も撃たれたし」

「ふむ……まさかとは思うけどよ、お前ぇ、そのジョンって奴を監禁してねぇだろうな?」

「心外だな! そう思うなら会わせてあげてもいいけど『死んでも一切の責任を問いません』っていう誓約書を書いてからにしてよね! 魔法が使えない人は絶対に死ぬからね!」


 王様が失礼過ぎることを言う。そこまで言うならジョンのコアの部屋まで連れていってあげてもいいけど、ジョンに攻撃されても俺は責任を負えないから。


 この拠点は、いわばジョンの体の中に作られた街だ。全てがジョンの掌の上。つまり、どこからでも魔法を撃てる。

 全方位から石の槍が突き出てくる魔法を使われたら、強固な防御手段がない限り何もできずにやられてしまう。俺もファーストコンタクトのときにやられたけど、平面魔法がなければやられていたかもしれない。


「そこはほら、お前ぇが守ればいいじゃねぇか」

「やだ。責任持てない」

「ちっ、しょうがねぇ。今回は諦めるか」


 今回はって、次回も無いよ。ダンジョンに関する世間の認識が変化するまで……多分三十年くらいは無い。


「ボスーっ! お迎えにあがりましたーっ!」


 そんな話をしていたら、アーニャパパが自転車・・・に乗って居住区の方からやってきた。

 後方が二輪になっていて、そのさらに後方にはリアカーのような二輪の台車が繋がれている。つまりリアカー付き三輪車だな。

 台車といっても、載っているのは荷物じゃなくて二列四席の座席だ。簡易な屋根も付いていて、ちょっとトゥクトゥクっぽい。

 アーニャパパの後ろにも、もう一台続いている。多分、先に行ったルカとサマンサが迎えを寄越してくれたんだろう。気が利く娘さんたちだ。


「あん? なんだありゃ?」

「ふむ、荷車か? しかし、人が曳いているにしては速いな」

「あれはここで荷運びとか人の移動に使っている自転車っていう乗り物だよ。人が走るよりも速く動けるよ。ちょっと造りが細かいから、まだ数が揃えられないんだけどね」


 この自転車は、俺とジョンの共同作業で作り上げた。いやぁ、本当に面倒臭かった。

 俺が平面魔法で設計して、それをジョンがパーツ毎に作成して、それを俺が組み立てて、問題があったらまた設計しなおして……というのを繰り返して作ったんだけど、とにかく時間がかかって大変だった。自転車、パーツ多すぎ!

 特に回転系。滑らかに回すためにベアリングを組み込んだんだけど、組み込む球の数がやたら多くて小さくて、泣きそうになった。手作業でやるものじゃないよ、アレ。

 あと、駆動系。ベアリングで懲りて、パーツ数の多いチェーンじゃなくシャフトドライブにしたんだけど、これはこれで強度不足で断裂とか捻れによるギアの噛み合わせのズレで破断とか、別の面倒臭さがあった。

 まぁ、苦労した分、良いものができたとは思っているけど。あとは変速機構を付けるくらいかな。


「ほう。どれくらいの荷物を運べるんだ?」

「うーん、一頭引きの馬車一台分くらいかな? でも、そのくらい積んじゃうと、坂道はちょっと辛いかも」

「なるほどな」


 変速機構が無いから、出だしもキツいんだよね。この拠点の、身体強化を使える面々が乗る分には問題ないんだけど。


「お前ぇ……」

「ん?」

「ちったぁは自重しろいっ!」


 なんか王様に怒られた。心外だ。

 自重もなにも、ここは俺の作った拠点だからな。やりたいことは全部やるよ? 外部に出す気は無いから、社会への影響も考えなくていいし。

 常識? 知らない子ですね。

 ここは魔境なので、街の常識は通用しませーん。全部捨ててくださ―い。

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