第339話

「おい小僧、この街はいったい何人まで増やすつもりなんでぇ?」


 市街区を商工業エリア、政治文教エリア、住宅エリアの順で見て回っていたら、王様がそんな質問をしてきた。

 道中『この透明の窓はなんでぇ!』とか『壁が全部同じ材質なのはどういうことでぇ!』とかうるさかったけど、全部『ジョンに作ってもらった』で押し通した。嘘じゃないし。


「うん? うーん、特に決めてはいないけど、その気になれば十万人くらいは養えるんじゃない?」


 一応、上限はそのくらいかなーと、ザックリ考えている。日本の地方の中堅都市くらい?

 その程度の人口があれば、都市内だけで一次産業から三次産業までの経済を回せるようになるんじゃないかなと思ってる。


 この拠点は魔境のど真ん中にあるから、外部との交流がほぼない。大森林の中を移動してたら魔物に襲われてしまうからな。

 だから内部だけで完結する経済循環が必要になる。少なくとも、最低限の食料やサービスは供給されなければならない。それを計画実行するのが領主の仕事だ。

 そう、この拠点をニャンコ溢れる快適な街にするのが俺の使命なのだ! ワンコも可! この地にモフモフの楽園を作るのだ!


「そうかよ。確かに、そのくれぇはいけそうだな。あの長屋(?)だけで百人くらいは入れそうだしよ」


 王様の視線の先には、ご家族向けの四階建てのアパート群がある。団地だな。

 えーっと、あの団地は四人家族用が一階あたり八つあって、それが四階分だから……一棟あたり百二十八人か。大体王様の指摘通りだな。それが四棟あるから……。


「うん。あそこの一角で五百人くらいが入居できる計算だね。でもまだ半分も埋まってないけど」


 この拠点の街、見た目は立派なんだけど、実際はゴーストタウンだ。人がほとんどいない。

 十万人収容可とか言っても、今はまだ千人どころか、百人をようやく超える程度しか住んでいない。どこもかしこもスカスカだ。あの団地も最上階しか埋まっていない。

 なぜ最上階だけなのかというと、この拠点は、住民のほとんどがエンデ連邦王国旧シーマ王国領から移住してきたネコ族だったりするからだ。ニャンコは高いところに登りたがるからなぁ。


 エンデは、ジャーキン帝国の元皇太子一派の策謀でゴブリンやらイナゴやらが大発生し、深刻な治安悪化と食糧不足に陥っていた。

 特にイナゴの被害が大きかったのが南西部の旧シーマ王国領で、食糧不足からの治安悪化、そこに端を発した暴動や反乱騒ぎと、とにかく酷い状況になっていた。

 まぁ、暴動や反乱はジャーキンの工作員による扇動があったからなんだけど、食糧不足なのは間違いなかった。というか、国全体が食料不足になっていた。

 そこでエンデは王国うちに救援を求め、同盟国である王国はそれに応えた。その救援活動の実務を担当したのが俺だった。

 その際、エンデ国内に『旧シーマ王朝の末裔が王国のドルトンを治める貴族に保護されている』という噂を流し、困窮していた旧シーマ王国の民を王国に招き入れた。それが今この拠点にいる人たちだ。

 王族というのはアーニャとその家族のことだから嘘じゃない。

 まぁ、アーニャと一緒に里帰りしたときにいろいろあって、一族全員が俺の奴隷になっちゃったんだけど。

 いや、躾はしたけど虐待はしてないから、保護していることに間違いはない。はず。

 移動のための自転車をアーニャパパが漕いでいるけど、これは虐待じゃなくて仕事だ。


 とにかく、ネコ族ニャンコが安心して過ごせる場所と食料の確保は必須! ということで、この拠点は整備された。

 つまり、ここはニャンコの保護施設ということだな。

 そう考えると、ここに保護されているニャンコが少ないということは、世間のニャンコたちが幸せに暮らしているということになる?

 この拠点の人口が自然増以外で増えるのは、あまり良いことではないのかもしれない。


 今もエンデから流れてきているニャンコはいるんだけど、そのニャンコたちはドルトンで普通に仕事と住居を確保し、普通に生活している。この拠点に住みたいというニャンコは多くない。

 まぁ、ネコは人じゃなくて家に着くっていうからな。旧王族という主人じゃなくて、ドルトンという家をとったっていうことだろう。


「ふむ、ならイケそうだな。小僧、この街にもっと人を受け入れる気はねぇか?」

「は? どういう事?」


 いきなり何を言い出すのやら。

 いや、そもそもこの拠点はできたばかりで、ここで生まれた子供はまだほんの僅かしかいない。ほぼ全員が移民だ。なので、外から人を受け入れることに否はない。

 話が急過ぎて見えないだけ。


「あー、ここだけの話だぜ? どうもノランがきな臭ぇ。難民がリュート海に押し寄せてきてやがる」

「あ、やっぱり聞きたくない」

「いや、聞けよ! 大事な話なんだからよ!」


 難民とか、絶対に面倒くさい話じゃん。聞いたら泥沼に引き込まれるのが目に見えてる。


「ノランというと、例の政変か?」

「ああ、どうやら決着したらしい。で、その新政権ってぇのが早速南進策を進めてるみてぇなんだよ」

「南進策……徴兵か。それから逃れるためにリュート海へ?」

「それに加えて物資の強制徴収もだな。飢えて仕方なくってことみてぇだ」


 王様と伯爵そんちょうが話を進める。もう、聞きたくないのに!

 というか、伯爵は国軍の重鎮でもあるから、実質的な軍事トップ会議じゃん。しかも軍事ってことは国際政治の話ってことだ。

 無役の俺は関わらないほうがいいよね? ね?

 駄目? 駄目かぁ。


 ノランは王国の北にある、自称共和制だけど実際は一部貴族による独裁国家だった・・・。過去形。

 ジャーキンと組んで王国やエンデに侵攻しようとしてたんだけど、ムカついたから俺と仲間たちで首脳陣を拉致してブチのめし、魔境の奥へ捨ててきた。反省も後悔もしていない。

 いや、生ゴミを山野へ投棄したのは良くなかったかもしれない。そこだけは反省だな。

 その影響で政変が起きて国内は混乱し、内乱が勃発。

 それに乗じて王国はノランのリュート海沿岸領地を実効支配し、いまやリュート海のほぼ全域が王国の支配下になっている。うちの王様は抜け目がない。


 そこに難民が押し寄せてきているってことか。

 加えて、新政権が進めているという南進政策……つまり、王国への武力侵攻。


「それって、絶対難民じゃない人も混じってるよね?」

「まぁ、いるだろうな」

「だから、ここってわけ?」

「まぁ、そういうことだ。話が早くて助かるぜ」


 難民に混じって、ノランの工作員が王国に潜入している。うん、あり得る話だ。

 というか、絶対いる。

 いや、その難民自体が、新政権が工作員を送り出すための隠れ蓑ということすらあり得る。

 工作員の目的は、もしかしたら戦争開始前の情報収集かもしれないし、戦争中に後方撹乱をすることかもしれない。国内へ潜伏して、またゴブリンやイナゴを撒き散らすことかもしれない。いずれにせよ、とても危険な存在だ。

 それを放置はできない。けど、選別するのも難しい。実際に怪しい動きを見せるまで、不幸な難民と見分ける方法がない。


 そもそも難民というものは、国にとっては負担でしかない。

 無一文の飢えた民衆なんて、スラムの貧民と何も違いがない。国に入れたら治安と経済の悪化、待ったなしだ。

 かといって無理に追い返せば恨みが残るし、国際的にも外聞が悪い。

 まぁ、この世界なら外聞なんて気にしなくてもいいかもしれないけど。

 敵国民として全員始末するという非情な選択肢もあるけど、それは後世に虐殺という汚名を残すことになる。余程のことがない限り、それは選べない。


 となれば受け入れるしかない。

 けど、できるだけ国内の経済や治安に影響がでないようにしたい。

 だからここ・・だ。

 外界と完全に隔離され、それでいて快適な生活環境が整っている。難民ごと工作員を収容するには最適だろう。

 しかもノランは王国の北にあり、この拠点は王国の南の端にある。この物理的な距離が、情報伝達には大きな障害となる。工作員の行動を制限できるだろう。

 更に、王様には言わないけど、ここならジョンによる二十四時間監視網もある。不審な行動をとれば即発覚する。死角なし。


 問題があるとすれば経済的なことだけだな。ぶっちゃけ、食料と管理費だ。


「受け入れたとして、国からの支援は?」

「もちろん出す。各領地の貴族にも多少負担してもらうとして、一年分の食料費と雑費でどうでぇ?」

「三年分ね。一年分なんて、生活基盤を整えるだけでなくなっちゃうよ」

「じゃ、二年分だ。ノランの南進にも備えなきゃならねぇ。今の王国にはそれが限界だ」


 うーん、そのあたりが落としどころかな?

 まぁ、食料については、多分なんとかなる。例の麦と芋と米があるからな。タンパク質も、魚とチッキを増やせばなんとかなるだろう。

 大きな額が動くのは雑費くらい? 食糧費の分を産業に回せば経済も回せるかも。ふむ、悪くない。


 あとは、元から住んでいるニャンコたちとの関係か。難民のほうが人数が多くなって、発言権が強くなるかもしれない。

 そうするとニャンコたちが迫害される可能性がある。それは許せん!


 まぁ、そうは言っても俺は封建制国家の領主だ。俺の領地で俺の命令は絶対。ニャンコを迫害してはいけないというお触れを出せば問題ない。

 そもそも、ニャンコたちはほぼ全員が俺の奴隷、つまり領主の持ち物だ。それを粗末に扱えば罰せられても文句は言えない。言わせない。

 ふむ、なんとかなりそうだな。


「しょうがないなぁ。わかったよ、ここで受け入れる」

「おう、お前ぇならそう言ってくれると思ってたぜ! あんがとよ!」

「それで、何人?」

「先月末の時点では約五千って聞いてっけど、もしかしたらもうちっと増えてるかもな」


 ふむ、それでも一万を超えることはなさそうかな。ジョンに頼んで受け入れ準備を進めよう。

 あーあ、この拠点はモフモフの楽園にしたかったんだけどなぁ。


 それはそれとして、また戦争が起こりそうとか、きな臭い感じになってきたな。戦争するより、その労力で魔境の開拓をしたほうが有意義なのに。非生産的なヤツラだ。

 ……まさかとは思うけど、俺まで駆り出されたりしないよな? な?

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