第340話

 無事(?)に視察が終わった。あとは晩餐だけだ。

 まさか、シャレで作った迎賓館なのに、本当に使われる日がくるとは。しかも最初の利用者が王様だよ。ちょっと格式が上がっちゃったな。


「ほほう、美味そうじゃねぇか」

「味は保証するけど、略式なのは勘弁してね。急な話だったから」

「気にすんな、割り込んだこっちの都合だからな」


 晩餐はこの土地のものということで、例の小麦のパンや大森林で獲れる魔物の肉のステーキ、養殖魚のマリネ等々を出した。正式な晩餐のコース料理じゃないけど、突然の来訪だったんだから、これくらいで勘弁してほしい。しろ。


「ふむ? これは香りと風味が違うな。焼酎ではないのか?」

「ああ、それも焼酎だよ。ちょっと試しで作ってみたやつなんだ。感想を聞かせてよ」

「ほほう。うむ、悪くないな。香りも味も、うちで作っているものよりまろやかな感じだ。女連中には受けるかもしれん」


 食中酒には焼酎を出した。伯爵そんちょうのところでも作っている芋焼酎じゃなくて、全量米で作った米焼酎だ。使っている米が従来種で酒好米じゃないから日本酒としては正直イマイチだったんだけど、焼酎にしたらそんなに悪くない出来になったと思う。

 でも、まだ試作品で量がないから非売品。がぶ飲みしないでね?

 売るときは、この拠点の特徴をアピールする意味で『米焼酎・猫泉』という名前にしようと思っていたんだけど、難民を受け入れるとなると考え直さないといけないかもなぁ。はてさて。



 食事が終わったらお風呂だ。キッカがお湯を張ってくれた大浴場の湯船に王様を送り出す。

 王城なら下男や侍従が甲斐甲斐しく世話をしてくれるんだろうけど、ここは辺境。自分のことは自分でやってね。


「おう小僧、テメェも一緒に入って背中流しやがれ!」


 と思ってたら、まさかのご指名が入った。まさかの三助さん役だ、

 うぬぅ、男の入浴シーンに需要はないってぇの。無駄にマッチョな身体しやがって! 何だよその背筋! 王様には必要ないだろう!


「ふぅ〜、いい湯じゃねぇか。コレも魔法か?」

「そうだね。加速度制御魔法……水魔法でお湯を出してもらったものだよ」

「水魔法? 火魔法で温めたんじゃねぇのか?」

「水を火魔法で温めるのは無駄が多いからね。直接お湯を出してもらってる」


 加速度制御ができるってことは、分子の運動エネルギーを制御できるってことだ。水に振動を与えてお湯にするくらいは難しくない、と思う。実際、キッカはできてるし。


「ふむ。魔法使いの在り方を見直さねぇといけねぇみてぇだな」

「そのへんは学園で進めてるけど、基礎教養からやり直さないと難しいね」

「そこからかよ。先は長ぇなぁ」


 王様がブクブクと湯船に沈む。

 そのへんを理解するには、それなりの科学の知識が必要になるんだよねぇ。

 中世レベルのこの世界では、まだちょっと早いかも。十年単位の、長い目で見てほしい。



「ほほう? こいつはエンデ料理か?」

「んー、それをこの土地風に改良したもの、かな?」


 翌朝は俺の好みで純和風の朝食を出した。焼き魚に厚焼き玉子、葉物野菜の浅漬に魔物肉の味噌焼き、そして味噌汁と炊きたてご飯だ。

 くぅ、醤油が、醤油がないのがつらい! 味噌のたまりは何かが違うんだよ!

 エンデの料理は和食に近いけど、味噌や醤油がない。だから、ちょっと物足りない。

 そして、米もない!

 これは駄目だ! とても和食とは言えない!


 ということで、幸いにも味噌と米があるこの土地の郷土料理は和食。俺がそう決めた。

 あとは醤油とみりんだな。素材はあるんだから、いずれ、なんとか!


「ほう、この米というやつは塩と合うな。昨日の焼酎にも使うなら、もっと大々的に栽培するべきだろう」

「うん、芋焼酎でも使うしね。ドルトンでも栽培するつもりだけど、水が大量に必要だから作れる場所が限られるのが難点なんだよね」

「そうか、それは厳しいな」


 さすがは元冒険者、初めての食べ物にも忌避感はないらしい。王様と伯爵は物珍しそうにしながらも、ナイフとフォークで器用にご飯と焼き魚を食べていく。ホント、器用だなぁ。

 米はもっと大量に栽培したいんだけど、水の問題がね。

 陸稲なら少しはマシなんだろうけど、栽培のノウハウがないんだよなぁ。それなら、多少なりとも知識のある水稲にするのが無難だろう。



 そんなこんなで、伯爵を領地へ、王様をドルトン経由で王都まで送り届けて、ようやく視察の全行程が終了した。やれやれだ。


 難民関連については、受け入れ体制を整えるという名目で、しばらく時間をもらうことにした。

 住居はジョンが一日で作ってくれるんだけど、衣類や雑貨、食料の問題があるからな。手配には時間が必要だ。


 王国との折衝にも時間が要る。

 予算額やその他諸々の取り決めは、如何に王様といえども勝手にはできない。ちゃんと内務省とのすり合わせをしなければならない。

 といっても、実務はクリステラとキッカが進めてくれるから、俺がすることは承認のサインを書くだけなんだけど。

 まぁ、俺にも学園生活があるしな。授業は受けなくてもいいけど、講義は行わなければならない。先生なので。暇ではないのだ。

 ということで、受け入れは早くて十月末ということになった。


 現在の難民キャンプは、バニィちゃんことバーナード=ドルトン伯爵の治めるオーツの街の郊外にある。

 難民自体はリュート海沿岸の各所に押し寄せてきているらしいんだけど、それを保護という名目で一箇所に集めているそうだ。実際には治安維持のためだろうけど。

 確かに、いつの間にか知らない人が近所に住み着いているというのは、その地域の保安上よろしくない。

 そういう人はその地域にしがらみや愛着が無いから、困窮すると犯罪に走りやすい傾向がある。俺もドルトンの街でそういう苦情をよく聞いた。

 ましてや、今回の難民は元敵対国の住民だ。王国に良い印象を持っていないだろうから、犯罪へ至る心のハードルはかなり低いだろう。

 そういった人たちを放置しておくわけにはいかないし、かといって、バラバラに散っているそれらの人々を監視下に置くとなると、人手がいくらあっても足りない。

 だから保護という名目で一箇所に集め、まとめて監視するわけだ。為政者側から見た難民キャンプとは、そういう場所だ。


 とはいえ、そんな難民キャンプにも収容限界がある。

 人数が増えすぎると衛生環境が悪化するし、隅々まで手が回らなくなって生活の質が低下する。

 すると、治安が悪化して盗みや暴力暴行事件が多発するようになる。抑え込むには限界がある。

 王様は五千人くらいって言ってたけど、王都に戻って情報を集めた結果、現在は約八千人ほどまで増加しているようだ。十月末には一万人弱くらいになってそうだな。


 ふむ、ちょっと輸送手段を考えないといけないかもしれない。いつものMe321ギガントもどきの定員は、せいぜい百名ちょっと。何十往復もすることになる。

 いや、単純に巨大化させればもっと少ない回数でいけるだろうけど、あんまりカッコよくはないよな。スマートじゃない。

 長距離の大量輸送か……となれば、やっぱアレかな? 作るのは初めてだ。いい感じのデザインを考えておこう。

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