第337話

 大森林の拠点は、その名の通り大森林の中にある。

 大森林は奥へ行くほど棲んでいる魔物が強くなる傾向があって、奥へ行くほど、竜哭山脈に近付くほど魔物の脅威度は高くなる。

 まぁ、実際に足を踏み入れたわけじゃないんだけど、上空から気配察知で確認した限りではそういう傾向が確認できた。生息密度も個体の気配の強さも、奥へ行くほど上がっていた。


 便宜的に、竜哭山脈に近いほうから深層、中層、浅層と俺は呼んでいるけど、拠点があるのは中層になる。周辺の魔物の強さはそこそこだ。

 とはいえ、ベテランの冒険者が十人以上のパーティを組み、念入りな準備をしたうえで、ギリギリ到達できる、と言われているのがこの中層だ。ほぼ人跡未踏の地と言っても過言ではない。


「お前ぇ、こりゃあ……大森林のど真ん中にこんな……ドルトンよりデケェんじゃねぇか?」


 いつものMe321ギガントもどきで、いつものように空路で大森林を越える。音速に近い速さで飛べば、ドルトンからはほんの数分で到着だ。


「いや、ドルトンは少し前に拡張したからね。せいぜい四分の一くらいじゃないかな?」

「そりゃあ今のドルトンだろうが。昔のドルトンはこの八割くらいしかなかったぞ? だよな、ダン?」

「ああ……これは凄いな」


 眼下に広がる拠点の風景に、王様と伯爵そんちょうが呆れた様子で感想をこぼす。そういえば伯爵も拠点に来るのは初めてだったな。

 確かに、辺境の港町でしかなかった頃のドルトンに比べたら大きいかも。今のドルトンは俺が開拓して拡張したから、以前とは比べ物にならないくらい広くなってるけど。


 そう言っている間に、街を囲む塀が間近に迫る。到着だ。

 深緑の樹海に突如として現れる白く整った街並み。うん、いつ見ても山間に造成された新興住宅地っぽい。バブル期にやたら作られた『〇〇台』とか『✕✕ヶ丘』って地名のやつ。

 二十年くらいしたらゴーストタウンになっちゃうかも? それは困るな。何か施策を考えておかないと。


「塀が分厚くて高ぇな。あれなら魔物は入ってこれねぇか」

「空を飛ぶものくらいだろうな」

「そうだね。鳥型と虫型、あとは小さなトカゲ型のやつが入ってくるよ。トカゲ型は虫型を食べてくれるから放置してるんだけど、鳥型は作物を荒らすから困ってるんだよね」


 拠点を取り囲む塀の高さは二十メートルくらいある……アレ? 以前は十メートルくらいだったよな? 高くなってる?

 ……ジョンめ、広さも深さも俺に制限されているから、高さで拡張欲を誤魔化したな?

 まぁ、拡張欲はダンジョンの本能みたいだし、このくらいなら許してやるか。

 いや、少し釘を刺しておかないと、拠点が際限なく高層化してしまいそうだ。人口が増えたらそれもアリだけど、今はまだ早い。せめてエレベーターを開発してからにしないとな。


 塀は、表面に凹凸がないから普通の魔物は登ってこれない。塀を飛び越えられる鳥型や虫型なんかの空を飛ぶ魔物くらいだ。

 それと、小さめのトカゲ型の魔物。ヤモリみたいなやつが壁を乗り越えて入ってくる。多分、虫型の魔物を追いかけてきてるんじゃないかな?

 小さいと言っても、最大三十センチくらいあるんだけど。それ以上大きいやつは重すぎて壁を越えられないみたいだ。

 まぁ、毒もないし人も襲わない大人しいやつみたいだから、ジョンも放置している。時々子供が捕まえてペットにしている。首にリボンを巻かれたりしていて、意外に可愛い。


 可愛くないのは鳥型の魔物だ。特にムクドリ型とカワセミ型。こいつらは害鳥だ。

 ムクドリ型は農作物を荒らす。芋は掘り返さないけど、豆類や穀物の実を喰い荒らす憎たらしいヤツラだ。

 カワセミ型は養殖池の魚を喰い荒らす。俺が知っているカワセミは小魚しか食べないんだけど、このあたりのカワセミは自分より大きな魚も獲って食べる。見た目は似ているけど、やはり別物、魔物なんだろう。

 おかげで、ようやく軌道に乗り始めた魚の養殖に被害が出ている。見た目も鳴き声も可愛いけど、騙されてはいけない。アイツラは魔物だ。


「(陛下って、非公式の場ではあんな粗野な話し方をなさるんですわね。初めて知りましたわ)」

「(サミィと似てるみゃ。ちょっと親近感がわいたみゃ)」

「(分かっとると思うけど、このことは他言無用やで。陛下の威信に関わるからな)」

「「「(コクコク)」」」


 今回の視察、王様はお供なしだ。自身の腰には愛用の長剣を提げているけど、護衛の騎士はひとりも連れてきていない。従者もいない。ドルトンに待機させている。


『其の方等が居たところで、大森林の奥地の魔物の前では盾にもならぬ。今回は魔物に関しては専門家である冒険者、しかも現役最強と言われるふたりが居るのだ。余も腕には自信がある。護衛は要らぬからここで待機しておれ』


 と、剣聖のふたつ名を持つ王様に言われてしまったら、いくら近衛の精鋭でも引くしかない。従者も、守る対象が増えるとかえって危険が増すと言われたらしょうがない。休暇だと思ってのんびりしててね。

 なので、王様の言葉遣いはプライベート用になっている。初めて聞くうちの女性陣はちょっと戸惑っている。

 でも、ちゃんと部外秘って分かっているあたり、うちの女性陣は配慮が行き届いているなぁと思う。よくできた娘さんたちだ。


「それじゃ敷地の端に降りて、中心部に向かいながら施設の説明をしていくね。多少歩くけど、いいよね?」

「おう、構わねぇよ」

「うむ」


 ということで、まずは魚の養殖池からだな。



「お前ぇ、こりゃ大蜘蛛の糸か?」

「うん。鳥が魚を食べに来るんだよね。だから蜘蛛の糸で網を作って囲んであるんだよ」


 大森林の大蜘蛛の糸は強い。見た目は細い釣り糸っぽいのに、フロロカーボン以上に引っ張りにも擦れにも強い。

 だからこの糸を編んで網をつくり、それで養殖池を覆って鳥避けにしている。大体五十メートルプール三杯分くらいかな?

 大蜘蛛なら塀の向こうに沢山居るから、材料には困らない。獲ってこれるのが俺だけなのが困るだけ。


「大蜘蛛の糸で編んだ布は防刃性に優れているから、貴族にも冒険者にも騎士にも人気が高い。反物一巻で大金貨数枚が動くほどの高級品だ」

「それを鳥避けに……もったいねぇ使い方してんじゃねぇよ!」

「そんなこと言われても、ここじゃこれしか手に入らないんだよね。他の素材じゃ強度も足りないし。労力と効果を考えたら、これが一番お手軽だったんだよ」

「お手軽……いや、そうか。お前にとってはそうなんだろうな」


 伯爵と王様が微妙な顔をして網を見ている。

 いや、網じゃなくて養殖池のほうを見てよ? ジュニアが頑張って育ててくれてるんだからね?

 本当に頑張ってるみたいだな。捕まえてきたときには二十センチくらいだった青縞鮒が五十センチくらいになってる。さすが大森林産、凄い成長速度だ。

 ……これ、メーター超えしないよな? もっと池を広くするべきか? 後でジョンに相談だな。


「ちなみに、農場の方はもっと広い範囲を囲ってあるよ。あっちも鳥が荒らすからさ」

「……そうかよ」

「ふむ。なるほどな」


 王様はガックリと項垂れる。伯爵の方は、もう受け入れたみたいだ。

 流石は開拓村の元村長。辺境では街の常識は通用しないってことをよく理解している。

 王様も、慣れないと大森林では生きていけないよ?

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