第336話

 ドルトンの南門は、いつになく多くの人で賑わっている。なぜならお祭りが開催中だからだ。

 何のお祭りなのかと言えば、ついに開通するドルトンとダンテスの町を結ぶ【焼酎街道】――正式名称【王国南部横断道】――、その開通式典なのである。


 この街道、開発中に【王国南部道】だったり【南街道】だったり【横断】だったり【縦断】だったりと、何度か微妙に名称変更されていたりする。

 というのも、どうやら名称に関する命名の権利について、王城の役人の間で綱引きがあったらしい。後世まで残るものに名前を付ける、その栄誉に浴するための熾烈な工作が行われていたようだ。暇なの?

 おかげで、コロコロ変わる正式名称を誰も使わず、通称の【焼酎街道】が一般化してしまった。ダンテスの町から、特産品の焼酎を運んでくる街道だからってことで。


 この街道の起点はドルトンの南門になる。東門からだと、ダンテスの町までの距離はわずかに短くなるけど、魔境である暗闇の森へは近くなってしまう。そこら辺の安全面を考慮してのことだ。

 とは言っても、南門からだと若干、より脅威度の高い魔境である大森林に近くなるんだけど。

 まぁ、一番近いところでも二キロくらい離れてるし、大丈夫でしょ、多分。


 実は、街道自体は少し前に開通していて、既に隊商が行き来していたりする。まだ街道沿いの休憩所や宿場の整備が継続中だったから、正式開通としていなかっただけだ。

 宿場の整備はまだだけど休憩所についてはほぼ整備が終わっていて、往来に支障なしということで正式開通の式典を行うことにしたわけだ。


「ふむ、こういう式典の形式は初めてだな。というか、王国では初めてじゃないのか?」

「そうなんだ? まぁ、最近は景気もいいし、こういうお祭りがあってもいいんじゃない?」


 俺とは色違いの貴族服を着た新ワイズマン伯爵そんちょうに話しかけられる。赤味の強いダークブラウンが良く似合っている。俺の服が暗い緑だから、対比にもなっている。

 俺達の目の前には、紅白の紙製テープが南門を封鎖するように渡されている。同じ紙で作られた花飾りが数カ所に付けられていて、華やかさを若干上げている……ような気がする。

 そして、俺たちの手には大きなハサミ。


 やってみたかったんだよね、こういう式典! というか、テープカットをやってみたかった! ハサミで、チョキンって!


「いいんじゃねぇか? 祭りは景気を上げるのに有効だしな。どんどんやれや」

「陛下、言葉遣いが……今日は下々の者もおりますので」

「気にすんな、これだけ離れてたら聞こえねぇよ。紐の向こうも盛り上がってるみてぇだしな」


 なぜか、この式典には王様も参加している。

 元々そんな予定はなかったんだけど、式典を開催するって話をしたら『おう、それならオレも呼べや! 箔付けになるだろ!』という、ありがたい(?)申し出で、そういう運びになった。

 いや、確かに国家から資金は出てるけどさ、政務は? 暇なの? 王都で働いてる内務尚書レオンさんが怒ってるんじゃない?


 俺たちと集まった民衆との間には二十メートルくらいの距離がある。民衆の最前列にはロープが張られ、さらにフェイス家うちの騎士団員が立って封鎖している。もちろん警備のためだ。

 仮にも王様だからな。万が一にでも何かがあってはならない。


 こんな辺境に住んでいると、王様を見る機会なんて一生に一度あるかないかだろう。いや、数世代にわたって見たことがないなんていう家族もいるかもしれない。

 魔物や盗賊が跋扈するこの世界では、王都へ行くのも命がけだからな。物見遊山なんて、とてもとても。ただし俺を除く。

 つまり王様は、動物園のパンダ以上に珍しい動物というわけだ。一目見ようと人が集まるのも無理はない。

 おかげで式典は盛り上がっているから、結果的にはOKなんだろうけど。


 一時的に封鎖して歩行者天国になっている南北大通りは人混みに溢れているし、通りの路肩には屋台まで出ている。

 昼間から酒を売る店もあるみたいで、酔って暴れるバカも出ているっぽい。ひったくりやスリも出ているみたいだ。

 警備にあたっている騎士団員たちには、あとで臨時手当を出さないとな。


 そんな式典も、王様のありがたいお言葉ももらって(聞き流したから内容は知らない)、いよいよ大詰め、クライマックスだ。


「皆様、おまたせ致しました! いよいよ開通の儀となります! 私の合図と共に封紙が切られましたら、盛大な拍手をお願いいたします!」


 今日の式典の司会は、冒険者ギルドドルトン支部副支配人のイメルダさん。いつもの冒険者風の出で立ちじゃなくて、濃灰のスーツっぽいパンツスタイルだ。背が高くて肩幅もあるからよく似合ってる。


 俺、王様、村長の順に並んで観衆の方を向き、左手でテープを持ち、右手のハサミを開いてテープに当てる。準備オッケー。


「準備はよろしいですか? では……王国南部横断道、開通です! どうぞ!」


 チョキン! とハサミが閉じられ、テープがキレイに切断される。

 観衆からワッ! と歓声が上がり、盛大な拍手が上がる。

 待機していた楽隊が管楽器を吹き鳴らし、場を盛り上げる。

 俺と王様、村長が切ったテープとハサミを掲げて観衆に応える。


 うむ、やりきった! 思ってたより気持ちよかった! やってよかった!


 式典のクライマックスはここだけど、でもまだ終わりじゃない。最後の仕上げが残っている。

 興奮に沸く観衆を割って、四頭立ての馬車が一台、門に近づいてくる。式典後、最初の出立だ。公式には、最初の街道利用者となる馬車だ。


「さぁ、記念すべき最初の馬車が旅立ちます! 皆様、拍手でお送りください!」


 収まりかけていた歓声と拍手が、もう一度大きくなる。

 御者台に座ったビンセントさん・・・・・・・が手を振って観衆に応える。


 はい、仕込みです。私が手配しました。


 いや、この街道ができるまでは、道なき道を通って開拓村まで行商に来てくれていたのはビンセントさんだけだったからな。その恩を返したいと思って。

 もちろん、ドルトンで諸々を行っている俺の商会にも噛んでもらってるから、実利での恩は現在進行形で返している。

 今回のこれは記録に残るタイプの恩返しだ。今後、この街道が残る限り、最初の利用者であるビンセントさんの名前も残り続ける。名が売れる。


「ビート、オレからも礼を言う。ビンセントには苦労をさせたからな。この式典のことが近隣に伝われば、ビンセントのことを知る者も増えるだろう。やつの個人商会の助けにもなるはずだ。ありがとう」

「ううん。僕もビンセントさんにはお世話になってるからね。このくらいはお安い御用だよ」

「そういう事かよ。ガキのくせに、妙に義理堅ぇところがあるよな、お前ぇはよ」


 恩には恩で返す。社会人としては当然です。

 ビンセントさんを見送り、イメルダさんの閉会の言葉があって、俺たちも撤収する。これにて式典は全て終了だ。やれやれ。

 これから、騎士団や冒険者ギルドの人たちは後片付けをしなければならないけど、俺たちは偉い立場なので参加しない。臨時手当出すから頑張ってね。


 俺がやってみたかっただけのイベントだったけど、終わってみれば色々と利点があったかな?

 やっぱり、こういうお祭りは必要だよな。というか、お祭りが必要だ。年に一回くらいで定期的に開催してもいいかも。岸和田のだんじりとか祇園の山鉾巡行みたいなやつ。

 お祭りって、経済の活性化とか地元帰属意識の向上には効果的なんだよな。廃れると赤字の垂れ流しになっちゃうけど。

 うーん、街道祭りってことにして、飾り立てた馬車を神輿代わりに曳いてみるか? だんじりみたいに、街中を高速で曳き回すのも面白そうだよな。

 時期は収穫祭と合わせて晩秋とか。うん、アリだな! また企画を練って会議に丸投げしておこう。


 じゃ、明日は王都に戻って、また先生と生徒の二役をこなしますかね。あー忙しい。


「よし、それじゃ小僧、明日はお前ぇが大森林に作ったっていう村の案内をしろい! 先送りしてた視察へ行くぞ!」


 え。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る