第335話
屋敷に滞在する人数が増えた以外では、概ね平和な日常が流れていく。
相変わらず教師と領主、商会代表としての仕事は忙しいけど、大きな問題は発生していない。休みが取れないほどの忙しさじゃない。
「麻ですか?」
「うん、栽培と加工を領主の独占事業にしようと思って」
今日はドルトンの街で領主のお仕事だ。冒険者ギルドの会議室に幹部を集めて会議中。
議題は開拓した土地の活用について。
開拓した土地の一部では、現在建築ラッシュが起きている。指定された区画に次々と住宅や商店、工房が建てられている。
周辺から流入して増え続けている人口への対策だ。放っておくとスラムができて治安が悪化しちゃうからな。領主として放置はできない。
建築と並行して、農地の活用も進めている。
一部の農地では既に森芋や葉野菜の初回収穫が終わっており、そこそこの収量が得られたとの報告を受けている。
とは言え、増え続ける人口の全てを満たすにはまだまだ足りない。
今は拡張した港湾施設と整備した街道を活用しての輸入で対応しているけど、いつまでも外部に頼ってはいられない。こちらも早急な増産が求められている。
そうは言っても、農作物が急に育つわけじゃない。土地と人手はあるんだから、焦らずじっくり取り組むしかない。
さて、人が生きていくために必要な衣食住のうち、食と住については目処が立っている。残るは衣だけだ。
そして、この衣が結構問題だったりする。
この世界では主に麻、木綿、革が衣類の素材として利用されている。
このうち、木綿は主にエンデ東方地域で生産されており、王国での生産は殆ど無い。輸入に頼っているのが現状だ。
なので、高い。庶民では手が届かないくらい高い。主に富裕層の衣類に使われている。
革製品は魔境からの供給でそこそこ流通があるんだけど、硬くて通気性が低いので秋冬くらいしか需要がない。冒険者は防具として年中着てるけど。
ということで、庶民の衣類はもっぱら麻製だ。ちょっと肌触りに難はあるけど通気性が良いから、暑い期間の長いこの国の気候には合っている。
ただ、この麻という素材には肌触り以外に重大な問題点がある。
「葉や花、汁の流通を握っておきたいんだよね」
「ああ、酔煙ですか。なるほど」
元の世界には数種類の繊維を取れる麻類が存在していたけど、その殆どの種類で同様の問題を抱えていた。
麻類の生成する成分を摂取すると酩酊し、幻覚症状や記憶障害などが発生するというものだ。
乾燥させた葉や花を燃やして煙を吸引する、いわゆるマリファナというやつが有名だな。
そして、それはこの世界の麻も同様だったりする。燃やして煙を吸うとラリるのだ。これをこの世界では酔煙と呼んでいる。
俺が生きていた頃の日本では違法だったけど、毎年のように学生や芸能人が所持使用で逮捕されていた。社会問題になってたな。
この国では、まだ違法ではない。
というのも、あまり流通が発達していないため、影響範囲が限定的だからだ。
酔煙は麻の生産農家とその周辺だけで消費されており、国内での流通量が少ないため、その効果があまり周知されていない。
ただ、酩酊した親が子供に暴力を振るったり、酔った者同士が後遺症が残る程の殴り合いをした等の事件は発生している。
衣類の増産を怠るわけにはいかないから育てるしかないんだけど、害が起きることが予想されるのに無策で放置するわけにもいかない。
だから領主の独占にしようと言っているのだ。
領主の権限で葉や花の流通を制限し、被害を最小限に抑えようってことだな。
「うーん、現在もドルトンには少数の麻農家がおります。彼らが素直に言うことを聞くかどうか……」
「栽培をやめろって言ってるわけじゃないよ。僕の許可した地域で、繊維だけを作ってほしいって言っているだけ」
「しかし、酔煙の売上も馬鹿にならない額のようですし、それが無くなれば大打撃でしょう。その分を繊維の値段に転嫁されたら、麻も庶民の手が届かない値段になります」
「酔煙の販売をやめろとも言ってないよ。僕が全量買い上げるだけ」
急に禁止って言っても、隠れて吸う奴は必ず現れる。隠れて売るやつも。
それなら、為政者が手綱をしっかり握って管理下に置いたほうがいい。
流通をコントロールできれば被害を減らせる。
「ふむ、買い上げた酔煙は領主直営店のみで使用できるようにするということですか」
「しかし、それでは閣下が不良在庫を抱える危険があるのでは?」
「在庫は輸出すればいいよ。港も街道も整備してあるからね」
ぶっちゃけ、俺と
違法じゃないんだから、余った在庫は他の領地に出荷して消費してもらえばいい。
蔓延するのが嫌なら規制すればいいだけなんだし。封建国家の領主には、その権限がある。
「隠れて製造販売する連中はどうしますか?」
「そういうタレコミがあったら、騎士団で捜査して逮捕だね。領主の独占事業を侵したんだから、資産没収のうえで犯罪奴隷かな」
「なるほど、承知致しました」
絶対に密造密売は起こる。
そして、どんなに厳しく取り締まってもなくならない。一度世に出た悪習は、簡単には消えない。それは前世で証明されている。
本心では禁止したいんだけど、そうするとアングラ化して手に負えなくなるのが目に見えている。
アメリカの禁酒法時代に、密造酒と麻薬でマフィアが勢力を伸ばしたっていう実例があるからな。この世界でも繰り返すことになるだろう。
だから合法化してルールを作って、為政者が手綱を握るしかない。それが一番汚染を抑えられる手法だと思う。
「じゃ、そういうことで。既存の農家への通達とか細かい法整備とかは任せるから、いい感じに進めておいてね」
「「「はい!」」」
いつものように丸投げして、この件は終了だ。
ヨキニハカラエってやつだな。実に領主っぽい。というか、バカ殿?
◇
その後、数年で俺の資産が激増したのは余談である。
マリファナで稼ぐだなんて、なんだかマフィアのドンになった気分だ。
いや、そもそも為政者っていうのは合法ヤクザみたいなものだったな。
なら問題ないか。
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