第201話

「スゴイの! なにもないところに立ってるの! それ、まほう!? あ、あれ? からだがうごかないの!?」


 うーむ、見たところ、只の幼女だな。暗殺者とかコソ泥なんかじゃなさそうだ。

 ネグリジェを着ているところから察するに、迎賓館の宿泊者って線が濃厚なんだけど、今日は俺以外に泊り客は居ないはずだ。気配察知でも、使用人以外の気配は感じられない。

 幼女がひとりで泊まるはずはないから近くに親がいるはずなのに、それがない。はて?


 見た感じ、五歳くらいだろうか? この国では数え年だから六歳くらいってことになる。言動は見た目通りだな。

 容姿は結構整っている。美幼女だ。大きくなったら美女になるだろう。こいつも勝ち組か、けっ!


「君は誰? どうしてここにいるの?」

「シャルはシャルなの。ここにきたのはひみつだからひみつなの! むーっ、これやめてなの! うごけないの!」


 うん、分かってた、幼女に説明能力は無い。案の定、シャルっていう名前だか愛称だかが分かっただけだ。もう何も聞く気がしない。もし彼女が特殊な訓練を受けた工作員だとしたら、コレを育てた教官はとても優秀だ。

 幼女の拘束を解いて、俺自身もベッドの上に戻る。


「はぁ。どこからきたのか知らないけど、こんな夜中に子供だけで出歩いちゃ駄目だよ。秘密なら秘密でいいから、早くお帰り」

「シャルはレディだから子どもじゃないの! しゅくじょはよるに花ひらくの! はなさくおとめなの! あっ、うごくの!」


 誰だ、幼女に妙なことを吹き込んだのは! 当然、意味は分かってないんだろうけど、路裏魂ロリコン共が聞いたら大喜びで連れ去っていきそうなセリフじゃないか! 花が散らされちゃうよ!!


「乙女は夜中に知らない人の部屋を訪ねたりしません。ほら、使用人の人が来たみたいだから、部屋まで連れて帰ってもらいなさい」

「やっ! シャル、まだねむくないもん!」

「いや、眠いとか眠くないとかじゃなくて、こんな夜中に子供がひとりで出歩いちゃいけないっていう……」


 やっぱり幼女には話が通じない。手を後ろに組み、ツーンと顔を背けてしまった。仕草は可愛いと思うけど、今はそれをでる場面じゃない。今度うちの年少組(デイジー、キララ、サラサ、ピーちゃん)にやってもらおう。それは愛でる。


 そうこうしているうちに、廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。お付きのメイドさんだと思うけど、急ぎでも足音を立てて歩くのは如何なものか。

 まぁ、まだ年若いメイドさんだったからな。これからスキルが身についていくんだろう。


「あっ、見つかったらひみつがバレちゃうの! かくれるの! はやくはやく!」

「あっ、こらっ!」


 そう言うと、幼女は俺の手を引き、ベッドへとダイブしてシーツを頭からかぶってしまった。靴は脱げ。シーツを洗うの大変なんだぞ。

 その直後にノックが四回、深夜の迎賓館に鳴り響いた。


「フェイス閣下、何かございましたか?」


 そして扉の向こうからメイドさんの声が聞こえる。


「あー、それが……」

「(しーっ! しーっなの!)」


 俺が答えようとすると、肌着の袖が引っ張られて幼女の制止の声が聞こえた。『しーっ』の口が大きい。うーむ、どうしたものか。


 もしここで幼女の存在を明かしたとして、俺に何かメリットはあるだろうか?

 今夜の安眠は確保できるかもしれない。いや、この子が何処の誰かが分からなくて悶々とするかもしれないな。メイドさんが知ってるかもしれないけど、知らない可能性もある。迎賓館の宿泊客じゃなさそうだもんな。


 では、デメリットは何かあるだろうか?

 まず、正体が分からなくて悶々とする可能性がひとつ。これは些細なものだ。

 他には……あまり考えたくはないけど、ハニートラップと言う可能性はないだろうか?

 ここでこの子を突きだしたら、強面の親が出てきて『うちの娘をキズモノにしやがったな! この落とし前、どうつけてくれるんでぇ!』というパターンだ。

 結婚前の娘を寝所へ連れ込んだ(実際は押しかけて来たんだけど)となれば、責任を取れという話になってもおかしくない。まぁ、俺もこの子もまだ子供だから間違いは起こり得ないんだけど、そういう理屈は通じないだろう。

 この場合、俺が領地を持たない下級貴族の男爵だというのは問題にならない。なぜなら俺が魔法使いだからだ。若くして一代で男爵位を得た将来有望な独身の魔法使いとなれば、『その血を取り込んで一族の繁栄を』と画策する貴族家があってもおかしくない。

 調べれば俺がジャスミン姉ちゃんと婚約していることくらいは分かるだろうから、強硬手段としてこの子を送り込んだ……ということが無いとも言い切れない。年齢も近いし。ここで騒ぎになると、そういう奴等の思うつぼかもしれない。


「なんでもないよ、ちょっと寝ぼけただけ。ゴメンね、騒がしくして」

「いえ、何かありましたらお呼びください。では失礼致します」


 そんなことを宇宙刑事がコンバットスーツを着装するよりも速く考えて、結局秘密の片棒を担ぐことにしてしまった。

 もしハニートラップだったとしても、見つかる前にこの子を送り返してしまえば証拠はない。推定無罪だ。

 メイドさんの足音が遠ざかっていく。控室の扉が閉じる音がして、再び迎賓館が静かになった。さっきのメイドさん、昼間と同じ人だったな。ひょっとして今夜は完徹なんだろうか? 急の宿泊客で、交代要員が捕まらなかったのかもしれない。悪い事をした。


「もう使用人さんは行っちゃったよ」

「ありがとうなの! ひみつはまもられた、なの!」


 幼女がニパッと笑う。うーん、どう見ても只の幼女だ。ハニートラップは考え過ぎか?

 でも魑魅魍魎蠢く永田町、じゃなくて王城だからな。警戒し過ぎてし足りないということはないだろう。政治の中枢なんて、何処もそんなもんだ。


「それで、シャルちゃんはなんでここに来たの? 僕に用事?」

「ううん、おにいちゃんはだれなの? シャルはね、ひみつのみちをたんけんしてたらここにきたの」


 俺が目的じゃなかったみたいだ。秘密の道を探検? その道を通って来たら、迎賓館に繋がってたってことか。


 それってもしかして、王城の隠し通路か!? めっちゃ重要機密じゃん! 

 この部屋、一階の突き当りだもんな。先に進めるか確かめようとして扉を開けたら俺が居たということか。

 どうやらハニートラップの線は薄そうだ。まぁ、幼女の言だから、まだ完全には信用しないほうがいいかもだけど。


 しかし、隠し通路は王城でも最高機密のはずだ。それを知っているということは、この子はしかるべき地位にある人物の血縁ということになる。

 ぶっちゃけ、王族だろう。……嫌な予感がするから訊きたくはないんだけど、聞いておかないと不味いような気もするし……仕方ない。


「あー、シャルちゃんのパパって何してる人? お仕事は?」

「パパ? うふふ、ききたい? シャルのパパはねー、あのねー……『けんせい』で『おうさま』なの! おうこくでいちばんえらいんだって! すごいでしょ!」


 やっぱりだよ! だと思ったよ!

 この子、あの王様の娘で王女様だよ! 次女のシャルロット姫だよ!

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