第202話

 あの王様は、元冒険者仲間だった妻との間に一男二女を儲けている。

 元冒険者仲間といっても、その全員が貴族とその関係者だったそうだ。仮にも公爵閣下(当時は兄王が健在だったので)が平民と行動を共にするわけにはいかなかったからだろう。だから、現王妃殿下も元は某伯爵家のご令嬢だ。


 第一子である長女アメリア姫は、某伯爵家との婚約が決まっていて、現在は花嫁修業中らしい。なかなかの美人でしっかり者との評判だ。

 王家の子女が伯爵以下の貴族家へ降嫁するのは問題があるらしいけど、婚約はクーデター未遂事件以前に決まっていたことだそうで、そのまま継続されることになったのだとか。

 そもそも王妃からして伯爵家出身だから、大きな問題にするわけにはいかなかったんだろう。

 この国の貴族の在り方が少し変化してきているのかもしれない。それが良い方向か否かはまだ分からないけど。


 長男ディクソン殿下は第二子で今の王太子だ。

 この国では公爵は一代限りなので、本来なら男爵として新たに家を立ち上げるはずだったのに、元第二王子の起こしたクーデター未遂事件のせいで急な継承順位繰り上げが起きてしまい、現在は王太子としての教育を受けている最中らしい。

 この人が今回のクーデター未遂事件で一番人生を翻弄されているかもしれない。苦労する運命に生まれついているのだろう。

 俺が青年になったときにはこの人が王様になっている可能性もあるから、ちょっとくらいは手助けをしてあげよう。苦労人は報われるべきだ。

 お二方とも割と優秀という噂だけど、やんごとなきお方の話だから五割増しされてると思われる。実際は普通の人レベルなんじゃないかな?


 そして末っ子のシャルロット姫だ。

 シャルロット姫は王様に溺愛されており、かなりわがまま放題に育てられているそうだ。おかげでその行動も自由奔放極まりなく、服を着たまま池に飛び込んで魚を追いかけ回したり、遊具の木馬で屋敷の階段を滑り降りたりと、その武勇伝は枚挙に暇がない。

 そして付いた呼び名が『わんぱく姫』。仮にも一国の王女が付けられていい名ではない。五割増しでこれだと本当はどれほどまでなのか、想像が追い付かない。

 けど、あの王様の娘だと考えると納得か。


「それで、あなたはだれなの?」

「失礼しました、姫様。わたくしは陛下より男爵位を賜っておりますビート=フェイスと申します。これまでの非礼をお詫び致します」


 後で問題になったら嫌なので、一応謝罪をしたうえで敬語を使っておく。大人の処世術だ。

 たまに『敬語なんて無駄で無意味』という人もいるけど、敬語を使わない事でトラブルが生じる事もある。

 例えば、丁寧な言葉使いをする人Aと全く言葉遣いがなっていない人Bから、ほぼ同じ企画が同時にプレゼンされた場合、それを審査する人はほぼ間違いなくAの企画を取る。微妙にBの企画の方が優れていたとしても、印象の良くない、粗雑に感じるBからの提案は受け入れられ難い。懇切丁寧に説明しても、それを理解してもらうまでには多大な労力を必要とするだろう。それこそ、無意味に無駄なエネルギーと時間を浪費することになる。

 そして、そんな事をしている間にAの企画がBの企画寄りに修正され、そのまま決定してしまう。Bの行動は全てが無駄になってしまう。

 それを回避できるなら、敬語は決して無駄ではない。

 そもそもが、敬語というのは相手に対するうやまいや尊重の気持ちの表れだ。他人を尊重しない者の言が誰かに尊重されるわけがない。敬語のみならず、マナーとはそういうものだ。


「ゆるします、なの。それで、ここはどこなの?」

「ここは王城の前宮と後宮の境目、迎賓館の一室にございます」

「? わかんないの。そろそろねむくなってきたから、おへやまでつれていってなの」

「いや、それは……」


 いや、さっきはまだ眠くないって言ってたじゃん! まだ十分も経ってないよ! これだから幼女は!

 姫様のお部屋というと、後宮のど真ん中だ。許可もなく一介の男爵風情が入れる場所ではないし、許可が下りるわけもない。

 秘密の通路を通ってきたなら、それを逆に辿って自分で帰れと言いたいところだけど、多分道順を覚えてないんだろう。秘密の通路なら分岐も多そうだしな。だから探検してたんだろう。子供は迷路が好きだからなぁ。


「わたくしは後宮に入る許可を頂いておりませんので、申し訳ありませんがお送りは致しかねます。陛下にお知らせしてお迎えをお呼び致しますので……」

「だめっ! パパにおしえたらシャルがおこられちゃうの! シャルがここにいることはひみつなの!」


 わんぱく姫じゃなくてわがまま姫だよ! あの王様との血の繋がりを感じたよ! 一回、強く怒られたほうがいいんじゃないかな!? そうしたら、あの王様も自分を振り返るよ、きっと!

 ……はぁ、仕方ない。送っていくか。



「すごいすごい! おそらをとんでるの! おしろのおやねをうえからみたのは初めてなの!」


 平面を俺と幼女に張り付けて、迎賓館の窓からこっそり飛び立つ。

 晩夏の王都の夜は、深夜と言えどまだ昼間の熱が残っている。しかし上空には温度の低い風が吹いていて、秋の訪れが近いことを確かに感じさせる。端的に表現すると、涼しい。

 飛び立った当初こそびっくりして固まっていた幼女だけど、十メートルも昇ると興奮して騒ぎだしてしまった。眠いんじゃなかったのかよ!


「あまり騒ぐと見つかってしまいますよ、姫様。それで、どの部屋が姫様のお部屋か分かりますか?」

「やっ! まだおそらをとぶの! あっち、ひかってるところにいって!」


 やっぱりわがまま姫だ。まぁ、子供というのはそういうものだけどな。思ったことを思うがままに行う。振り回されるのはいつも大人だ。あ、俺まだ八歳の子供だった。

 幼女の示す方向は、運河の南に広がる王都の商業地区だ。もう深夜だというのに、魔道具の明かりが煌々と照っている。多分、街路灯だ。

 確か、明かりの魔道具にはスイッチでのオンオフ機能がないから、常に光りっぱなしだと聞いた記憶がある。まだ働いている人がいるわけではないだろう。……ないよね? 警備員くらいだよね?


 仕方なく、しばらく夜の王都上空をクルクルと回る。人影はやはりほとんどなく、酔っ払いが路上に横たわっているくらいだ。やっぱ、どこの世界でも居るんだな。それだけ王都の治安がいいってことか。


「あっ、なんか大きいのがとんでるの! あっちはチョロチョロしてるの!」


 それ以外では、蝙蝠とネズミがウロウロしてた。

 幼女は大きいと言ったけど、それは街路灯に集まる羽虫と比べてのことで、実際には精々十五センチくらいの可愛いサイズだ。人間にとって脅威となるサイズではない。ただし、二十匹くらいが乱舞している様は少々引く。

 蝙蝠は街路灯に集まる虫を食べているようだ。なるほど、都会に蝙蝠が住み着くのはそういうことか。簡単にエサが得られるもんな。

 ネズミも同じ理由っぽい。都会には大量の食料が集まるから、生ごみも大量に出る。適正に処分されずに捨てられるものも多いだろうから、それを目当てにネズミも集まるってことだな。

 渋谷や六本木にはネズミが多いっていうニュースを見た記憶があるけど、あれもそういうことだろう。あの辺りはDQNがポイポイごみを捨てるからな。DQNを駆除しないとネズミも居なくならないだろう。DQN排除条例が必要だ。

 しかし蝙蝠はまだしも、ネズミは少々まずいな。あまり衛生環境が整っていないこの世界だ。ネズミを媒介とした疫病がいつ発生してもおかしくない。対策を講じるよう、王様に進言しておこう。


 夜間飛行を避けるために泊まったはずなのに、結局飛んでいるというこの矛盾。

 まぁ、低速で漂っているという感じだから、危険はほぼない。単なる夜の空中散歩だ。風も気持ちいいし、今夜は月が細いから星空も綺麗に見える。見覚えのある星座は当然ない。夜空を見上げる度に異世界なんだなぁと実感する。


「すー……すー……」


 気が付くと幼女は眠っていた。はしゃぎすぎてエネルギーが切れたんだろう。スイッチが切れたかのように、子供は突然寝ちゃうからな。まぁ、静かでいい。

 今のうちに後宮まで送っていくか。



≪陛下、おやすみのところ申し訳ありません。少々問題が生じましたので、少々お時間をいただけますでしょうか?≫


 平面魔法製の不可視のスピーカーとマイク、カメラを後宮の寝室へと送り込み、眠り込んでいる王様の耳元で囁いてみる。後宮の間取りは知らないけど、王様の気配は知っているから、どこに居るかくらいは分かる。

 王様は一瞬で飛び起き、枕元に置いてあった剣を取って鯉口を切る。おお、流石は剣聖。寝起きとは思えない動きだ。


≪その声は小僧か? どこから入った?≫

≪いえ、後宮へは入っておりません。迎賓館から魔法で話しかけております≫

≪……マジか? お前ぇの魔法は本当に何でもアリだな。それで、何の用だ。緊急事態か?≫

≪いえ、実は……≫


 幼女についての顛末を説明すると、王様は大きなため息をついて剣を枕元へと戻した。


≪あー、そいつぁ面倒をかけたな。迎えをやるから、そいつに引き渡してやってくれ≫

≪それは、今隣室にいる女性の使用人の誰かですか? それとも天井裏にいる・・・・・・人ですか?≫

≪っ! ……そんなことまで分かるのかよ。どこまで規格外なんだ、お前ぇはよ。ああ、だからそんな気色悪ぃ話し方だってわけか。心配いらねぇ、そいつはうちの御庭番だ。迎えには使用人の方を行かせるから、そいつにシャルを渡してくれ≫


 へー、やっぱり御庭番がいるんだ? 天井裏に黒ずくめの人が居たから誰だろうと思った。暗殺者にしては眠ってる王様を見てるだけだし、もしかしたらストーカーかとも思ったんだけど、そういやここは王城だったな。御庭番がいてもおかしくない。皆が寝てる間もお仕事とか、ご苦労様です。


≪承知いたしました。お待ちしております。あ、ひとつよろしいですか?≫

≪なんでぇ?≫

≪姫は陛下からのお叱りを恐れておられましたので、勘案していただければと≫

≪ちっ、わかったわかった。おい、誰か!≫

≪では、わたくしは失礼します。おやすみなさいませ≫


 平面魔法のマイクとスピーカー、カメラを解除し、部屋のソファに座り込む。久しぶりに真面目な話し方をしたから、妙に疲れてしまった。

 すぐにでもベッドへ倒れ込んでしまいたいけど、ベッドは幼女が占有中だから、お迎えが来るまで寝ることはできない。やれやれ。


 ただぼーっとしているのももったいないので、平面魔法のライブラリを整理することにする。作りかけのアレやコレ、作ったはいいけどまだ出番のないソレなどを、タグの下へと移動させて分類していく。

 実は、天候と裁きの神に接触した際、俺の平面魔法はかなりの機能が開放されている。欲しかったあの機能や使い道がイマイチ思いつかないあの機能など、前世で使っていた3DCGツールの機能がほぼ全部開放されたのだ。

 無いのは複数台のPCで同じファイルをレンダリングさせる分散レンダリング機能くらいか。平面魔法が俺しか使えない以上、無用な機能だと考えると何も問題はない。そもそもレンダリングしないし。

 その開放された機能を使って、今は念願のアレを作っている。フフフ、お披露目のときが楽しみだぜ。


 などとニヤニヤしていたら、ドアをノックする音が聞こえてきた。どうやら幼女のお迎えが来たようだ。

 やれやれ、これでやっと眠れる。今日は長い一日だったな。

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