第203話
モフモフモフモフ。
現在地は、ドルトンの屋敷の庭先である。
疲れた心には療養が必要だ。仰向けに寝転がったウーちゃんのお腹を優しく撫でる。
いつもは凛々しいウーちゃんが、全身を弛緩させてだらしなく伸びているのが愛らしい。もう三十分くらい撫でてるけど、全く飽きない。白米に飽きる日本人がほとんどいないように、モフるのに飽きるモフリストもほとんど居ないということだ。何時間でも撫でていられる。モフモフ。
待ちわびたタロジロが、座り込んだ俺の背中に身体を擦り付けてくるのも可愛い。よしよし、それじゃ次は君たちの番だ。モフモフモフモフ。
昨日は王都の迎賓館に泊まり、今朝早くドルトンまで帰ってきた。先に帰っていた皆が出迎えてくれたけど、すぐさまウーちゃんとタロジロに押し倒され、顔中を舐め回されてしまった。しばらく構ってあげられなかったから寂しかったんだろう。埋め合わせというわけではないけど、そのまま散歩という名の狩りに二時間ばかり出かけ、帰ってきたのは昼前だった。
それから遅めの朝食と言うかブランチを摂り、今は食後のスキンシップタイムの最中だ。サービスしてもらってウーちゃんたちは嬉しそうだけど、俺も嬉しいので全く問題はない。
問題なのは……
「それであの大量の魔道具、どういたしますの?」
「屋敷が占拠されちまってるからなぁ」
現在、屋敷の中を埋め尽くしている大量の魔道具だ。
全て遺跡から回収してきたものである。輸送コンテナ三個分くらいあったけど、野ざらしにするわけにもいかず、全部屋敷の中に持ち込んである。
おかげで、リビングやベッドルームはおろか、通路にまで山積み状態だ。『足の踏み場もない』とは、まさにこのことだろう。あまりにも多すぎて台所以外は魔道具で埋まっているため、現在は庭にテントを張って半野営状態だ。せっかく帰ってきたのに、家に入れないとは。
「実は、出来る限り売って欲しいって王様と内務尚書閣下からお願いされちゃったんだよねぇ。多分、二、三日中に冒険者ギルドから依頼があると思うから、その時まではここで保管しておくしかないかな」
「あらあら、それじゃしばらくはテントで雑魚寝ですね。うふふ」
王都での滞在が長引いたのは、この魔道具の取り扱いについての話し合いがあったせいでもある。
なにしろ、ほとんど完全な状態の遺跡から回収した魔道具だ。長年隔離空間に封印されていたために劣化は少なく、状態は限りなく良好、研究用としても実用品としても非常に価値が高い。魔道具の研究開発を独占する王家が欲しがらないわけはない。
無論、只では渡さない。基本、冒険者が獲得した財宝の権利は冒険者にある。それを売るも売らぬも獲得者の胸先三寸だ。
今回の戦利品は、俺たちが必要としないものに限って、相場の五割増しで売ることにした。結構吹っ掛けたけど、魔力の補充さえ出来れば即使用可能の良品ばかりだ。
それを冒険者ギルド経由で俺たちへの指名依頼にしてもらい貢献度向上も狙うという、一石二鳥の提案を王城で押し通してきたのだ。依頼をこなしておかないと、登録を抹消されちゃうかもしれないからな。
まぁ、今は俺がドルトン冒険者ギルドの支配人だから如何様にもなるんだけど。いやぁ、権力は使われると腹が立つけど、使う側に回ると便利でいいね。
しかし、どうにもならないこともある。魔道具の選別だ。
値付けはクリステラとキッカに任せれば問題ないんだけど、そもそも、それがどんな魔道具なのかという鑑定は、現状、マクガフィンを持つ俺にしかできない。現行の魔道具とは、大きさも形も違う物が多いからだ。
つまり、全て俺ひとりで選別するしかないというわけで……コンテナ三個分……とほほー。
ウーちゃん、タロジロ、しばし俺から現実を遠ざけてくれ。モフモフモフモフ。
◇
そんなこんなをアレやコレやでナンダカンダと擦った揉んだの世紀末してたら、あっという間に一か月が過ぎてしまった。いや、世紀末ではないけれど。この世界には世紀末という概念すらないけれど。
大量の魔道具は選別が終わり、無事、冒険者ギルドへと納品されていった。ようやくベッドで眠れる。屋敷が広い。いや、元々この広さだったか。
魔道具の無重力ベッドも売った。
あれは駄目だ。布団や毛布まで浮いてしまうから、空調がしっかりしていないと冬場は使えない。魔導教国時代なら良かったんだろうけど、今の文明レベルじゃ逆に不便だ。
結局、調理用の電子レンジっぽい魔道具一台とガラケーっぽい通信の魔道具四台だけを手元に残した。
電子レンジっぽい魔道具は、五十センチ四方の立方体で扉とボタン付き、効果は中に入れた物を温めるという、まさに電子レンジそのものだ。温まると『チーン』という音が鳴るところまで同じ。
ただし、原理は電磁波じゃなくて魔法らしく、金属を入れても放電しない。温め時間がダイヤル式なので、なんとなくオーブントースターっぽいところに若干の違和感がある。
注意点は、アーニャが入らないように気を付けることくらいだな。便利な道具が手に入った。
通信の魔道具は、一昔前のバータイプガラケーのようなものだ。サイズもだいたいそのくらいで、折りたたみは出来ない。
機能もケータイそのものだ。〇から九までの数字と『始』『終』ボタンが付いていて、数字、始の順でボタンを押すと登録された魔道具と会話ができる。
遺跡から見つかったのは〇から三までで、それ以上の数字が振られた魔道具は見つからなかった。多分、試作品だったんじゃないかな? あの狭い地下空間でケータイの必要性があったのか疑問だし。
〇番は俺が持ち、一番はクリステラ、二番はボーダーセッツのオーガスタ、三番はジョンの村のアーニャパパに持たせている。これで各拠点間の連絡がしやすくなった。
でも魔力の消費が激しくて、一時間くらい会話すると魔力が切れてしまう。魔力を流したり魔石を触れさせておくと回復するんだけど、充填効率は悪い。オーガスタとアーニャパパには大量の魔石を渡して対処している。アーニャパパの本名は覚えていない。
子供の時間経過は遅いって言うけど、やることが山積みだとやっぱり時間の進みは早い。
日々の仕事をこなしていたら、あっという間に秋になっていた。少年老い易く学成り難しだ。学校なんて行ってないけど。
「そうだ、学校を作ろう」
「なんやの急に。学校なんか作っても、庶民の子供にそんな時間あらへんで?」
「いや、子供じゃなくて大人向けにね。冒険者の学校なんてどうかなと思って」
急増した冒険者の雇用対策としての街道整備事業は、既に五十キロ弱が整備されている。俺の作業分は約百キロまで進んでいるけど、あまり早く進めても他の作業が追い付かないから、しばらくはお休みだ。
ここまでは順調で、ここからは少しずつ進捗が悪くなると予想している。街から現場までが遠くなり、建材や人足の移動に時間がかかるようになるからだ。
まぁ、それも織り込んでの三年計画だから、別に問題にはなっていない。
問題なのは、未だに増え続けている冒険者のことだ。
戦争が終わってひと月以上経過した今、当初の予想を上回る人数がドルトンへと集まってきている。一旦故郷へと戻った元帰還兵たちが流入しているのだ。
そもそも、戦争へと駆り出されるのは農家の次男三男といった、親の跡を継ぐことのできない家族内の余り者であることが多い。農地を分けてもらって独立できる者など極少数で、多くは親や兄の手伝いをして一生を終えるためらしい。
開墾して自力で農地を獲得する者も稀にいるけど、そのためには魔物が跋扈する魔境を切り開く必要がある。元々が只の農夫では、命がいくらあっても足りるものではない。だから開拓村は元冒険者が作ることが多いのだ。
学がないから商人にもなれず、貴族や国に兵士として雇ってもらえるほど腕が立つわけでもない。実家では大飯食らいとして邪険にされる――行き場を亡くしたそんな連中が、大型公共事業で景気のいいドルトンへと流れてきているのだ。
港湾施設の拡充も街道整備と並行して行っているけど、いくら好景気だからと言っても雇用には限界がある。仕事にありつけなかった冒険者は、本来の仕事である魔獣狩りや素材採取に向かうしかない。
ところが、いくら戦場帰りだと言っても、冒険者としては見習いや初級の連中ばかりだ。まともに魔物と戦った経験のある者なども極少数で、ほとんどは素人と変わりない。
おかげで採取した素材はメチャクチャ、魔物との戦闘ではケガばかりという、冒険者ギルドにとっては頭の痛い話が増えてきているのだ。
これは偏に、冒険者としての基礎知識が足りていないからだと俺は考えた。そもそも、見習いや初級の冒険者が受けられる依頼なんて簡単なものばかりだ。それがこなせないということは、基礎ができていないという事に他ならない。
勤勉な者なら、先輩冒険者や冒険者ギルドの資料室から自力で学ぶのだろうけど、残念ながら冒険者という職業を選ぶような者にそのような殊勝な心掛けは期待できない。短絡的で短慮な者が多いのだ。
しかし、これはその者の性格だからというだけでなく、教育が足りていないからという側面もある。人格を形成する最も大きな要因は環境であり、教育だからだ。
つまり、教育すれば短慮も短絡も直せるはずだ。だから彼らにはまず、教育機関である学校が必要なのではないかと俺は考えたのだ。
「ケガや体力の衰えで引退した冒険者に講師をしてもらえば再雇用にもなるし、授業料は依頼達成報酬から分割で天引きにすればいい。収益構造の構築は難しくないと思うんだよね」
「なるほどなぁ。アタイらには坊ちゃんがいるけど、他の冒険者はそうじゃねぇもんな」
「冒険者学校か、アリやな!」
「さすがですわ、ビート様!」
一か月経って体調も戻ったということで、母ちゃんのお手伝いはひとまず終了し、サマンサとアーニャも帰ってきた。子育てで本当に大変なのはこれからだと思うんだけど、他ならぬ母ちゃん自身が不要と言うのだから仕方がない。
まぁ、俺という子育て経験があるわけだし、本当に大丈夫なんだろう。
そんなわけで仲間全員がドルトンに帰ってきていて、いつもの日常に戻っている。それに伴って、以前行っていた勉強会も復活した。バジルたちも語学から勉強中だ。最年少のリリーも含めて、既に日常的な読み書きはできるようになっている。
しかし、冒険者としての知識はまだまだだ。実践経験は豊富なんだけどな。基礎的な知識を誰かに教わらないと、偏った成長をしてしまうかもしれない。
とはいえ、俺たちにも、人に教えられるほどの冒険者としての知識と経験はない。なにせ、まだ冒険者になって一年程しか経っていないんだから。
ふむ、どうせなら、俺たちも教えてもらうか? これまでは魔法でごり押しだったけど、ここらで正攻法を教えてもらうのもアリかもな。うん、それがいい、そうしよう!
転生もので定番の学園編が始まる気配もないし、それなら自分で勝手に始めてしまってもいいだろう。自分で学校を建ててそこに通う、マッチポンプの冒険者学校編だ!
目指せ、明るいキャンパスライフ!
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