第204話

 自分を褒めてあげたい! いや、よく頑張った、俺!


 曇り空が増えて空気も湿り気を帯びてきた十二月中旬。この地方ではそろそろ雨期になろうかというこの時期に、なんとかドルトン冒険者学校は開校にこぎつけた。

 講師役の募集と面接、採用後の基本的な教育方針の共有とカリキュラムの編成。校舎候補地の買収と周辺住民への告知、整地と校舎建築。そして開校の案内と生徒の募集。

 現代日本であれば年単位で時間が必要であろうそんなアレコレを、僅か二か月程で終えたのだ。権力と財力と魔力によるごり押しがあったとはいえ、普通ならこんな短期間でできる事ではない。

 しかも通常代官業務と街道工事、港の拡張工事にウーちゃんたちとのスキンシップも欠かさなかった。本当によく頑張った、俺! そして皆!


 とはいえ、本格的な学校の開校は再来年の一月からだ。というのも、ひとまず校舎は完成したけど、学生のための寮はまだ基礎すらできていないし、学校の運営を行う事務員も足りていない。それらはこれからの一年で順次充実させていく予定だ。これ以上学校を優先させると、その他の事業が大きく遅れそうだから仕方ない。

 当面はセミナー形式で単発講座を開催していく予定だ。魔物学や野営基礎などの冒険に有用な講座を開設し、都度生徒を募集する。

 受講料は冒険者ギルドで達成した依頼の報酬から分割で徴収される。取りっぱぐれナシの素敵システムだ。

 素人同然の冒険者が溢れるドルトンの現状を鑑みた結果、早急な対策が必要だったのでこういう形になった。講師たちの教育実習にもなるしな。この経験を正式開校後に活かしてもらおう。


 このドルトン冒険者学校、冒険者ギルドとの綿密な連携をとっているにもかかわらず、なんと私学だったりする。この国には法人制度がないから学校法人ですらない。つまり、俺個人の持ち物なのだ。『有限会社ドルトン冒険者学校』なのである。俺が社長。

 なんで私学なのかというと、冒険者学校設立の話を王様に持って行ったら『そいつはドルトンの問題だから、代官のお前ぇがなんとかしろい!』ってな感じで追い返されてしまったからだ。まったく、あの王様は子供に何を期待しているのか。

 というわけで仕方なく、民間協力というていで俺が私財を投じて設立してしまったのだ。なんとかしてしまった。

 キッカやクリステラが調べてくれたところによると、個人で学校を持つのは王国の歴史の中では俺が初めてらしい。


「ビート様がまたひとつ、王国史にお名前を刻まれましたわ!」


とは、クリステラの言だ。こういうのも歴史に残るのかね? 諭吉さんや重信さんみたいなもんか? 何か名言を残したほうがいいのか? えーっと、『天は人の上も下にも人を造らないけど、人は自分の下に人を造りたがる』とか。……これは名言じゃなくて、単なる事実の確認だな。


 ともかく、暫定的にではあるものの、冒険者学校は開校された。

 そして、その初日が今日だ。開校式や始業式は再来年の正式な開校までやらない。いきなり初講座だ。


「……えー、というわけで、魔物学講座壱を開催します。講師はわたくし、星十三個冒険者であるビート=フェイスが行います。若輩者ですがよろしくお願い致します」


 どういうわけだか、俺が講師だ。ほんと、どういうわけだ? いや、仕方なかったんだけどさ。

 三十人分の机と椅子、そして教卓と黒板が設えられた『いかにも学校の教室』という教室で、席に着いた年齢も性別も体格もバラバラな生徒たちが、一様に困惑したような表情を浮かべる。その気持ち、よく分かります。


 講師は、現役か引退した中級冒険者以上という条件で募集した。給料は結構奮発したんだけど、思ったより人が集まらなかった。どうやら募集期間が短か過ぎたらしい。

 通常、星五つ以上の中級冒険者ともなれば、それなりの実績と信用を持っている。堅実で確実に仕事をこなす者でなければ中級にまで上がれないからだ。

 すると、依頼主もそんな中級冒険者を指名して依頼をするようになる。商人が商隊の護衛を依頼したり、薬剤師が素材の採取を依頼したりといった具合だ。優秀な冒険者ほど、依頼が多く入って忙しくなる。

 つまり、現役の中級以上の冒険者は、ほとんど街にいなかったのだ。講師に応募してきたのは、ケガや家庭の事情で引退した元冒険者ばかりだった。

 街に居る元冒険者も、多くは既に本業を構えているためか転職には二の足を踏んだようで、応募はそれほど多くなかった。たったの四名だ。全員採用した。現在も継続して募集中だ。

 それでも学校を運営するには全然足りないので、仕方なく俺やクリステラたちも当面の講師として参加することになった。子供四人組以外は全員五つ星以上になってたし。

 俺に至っては、ドルトン在住現役冒険者では最高の星十三個だ。いつの間にかここまで増えてた。内訳は討伐が六個で調達が五個、護衛が二個だ。偏ってるなぁ。

 ちなみに、王国の現役冒険者での最高はダンテス=ワイズマン子爵の星十六個だそうだ。まだ現役だったのね、子爵そんちょう


 そんなわけで、初講座で早速俺の出番となったわけだ。採用した講師陣も、別の教室でそれぞれの講義を開催しているはずだ。

 もちろん、本意ではない。俺は生徒として参加するつもりだったから。

 いや、今更勉強することなんて無いんだけど、勉強だけが学校生活ではない。友達とバカをやったり、友達と下らない話をしたり、友達と思い出を作ったり……そう、友達を作ろうと思ったのだ。俺友達ない・・から! 『はがない』から! ボッチって言うな!


 まぁ、実のところ、本当に欲しいのは友達ではなくネットワーク、所謂人脈だったりする。各方面に顔が訊くと何をするにも物事がスムーズに運ぶので、学校にかこつけてその人脈を育てられたらいいなと考えていたのだ。

 なにしろ、ここは辺境の最前線の街ドルトンだ。いつ不測の事態が起きても不思議ではない。そんなときに利用できる伝手があると、打てる手が増えて安心かもと考えたのだ。代官として躊躇してはいられない。

 人脈を広げるのに手っ取り早いのが学校やセミナーだ。同じ目的を持つ者同士だから共感を得やすく、仲良くなるのが簡単なのだ。

 まぁ、マウンティングに端を発するいじめなんてものもしばしば発生するけど、それは群れる生き物の宿命なので仕方ない。人は自分の下に人を造りたがる生き物なのだ。都度解決していくしかない。

 そんなわけで、生徒として紛れ込んだ方が人脈を広げられるかなと思ってたんだけど、残念ながら実績がそれを許してくれなかった。

 まぁ、これはこれで悪くない。友達という狭く太い人脈ではなく、先生と生徒という広く浅い人脈を得られる。

 しかも、成績を査定するという名目で個人の能力を堂々と見極められる。有能な人材をいち早く囲い込めるのだ。代官という立場的には、これで良かったのかもしれない。結果オーライだ。

 いずれは誰かにその役を譲って楽をしたいけど。まだ子供なのに働き過ぎだよな、俺。


「この魔物学では、主にドルトン周辺とその近傍の魔境に出没する魔物の種類と生態、その対処方法について講義していきます。壱、弐、参の全三回の予定ですが、それぞれ複数回行いますのでどの講義から参加しても構いません。今日は街の近くに出没する魔物を主に取り上げます。まず最初はこいつです」


 俺がそういうと、教卓の上に『辺境名物マッディスライム君』が出現した。突然現れた魔物に、教室の生徒たちが一斉にザワつく。

 もちろん本物ではない。俺が平面魔法で作り出したものだ。今回はパーティクル機能のひとつ、メタパーティクルという粘性を持った粒子を表現する機能を利用してみた。流れる液体を表現するときに使われることが多いんだけど、こうやってジェル状の物体を表現することもできる。


「これは本物じゃないので安全です。本物でも危険はありませんけどね。マッディスライムは主に動物の死骸や排泄物、落ち葉などを主食とする、辺境の掃除屋さんです。町の中でもよく見かけますね。人畜無害で、人を襲うことはまずありません。ただし、特殊な環境に生息する亜種の中には襲ってくるものもいるそうです。油断はしないように」


 ウニウニと教卓の上のスライムを動かしてみる。生徒たちは話を聞いているのかいないのか、そのスライムを注視している。


「この魔物の討伐依頼が出ることはおそらくありませんが、もし倒す必要があった場合は、槍のようなものでこの部分、この丸い核を突けばすぐに倒せます。基本的に益獣なので、興味本位で殺さないようにしてくださいね」


 指を突っ込んで核の部分を突くと、メタパーティクルから粘性が失われてスライムが崩れ落ちる。それを見た生徒たちの一部から感嘆の声が上がる。本物っぽく見えたんだろう。やはり動きのある授業は興味を引きやすいようだ。

 それじゃ、お次は緑色のこいつだ。


「次は女性の天敵、ゴブリンですね。こいつは単体での脅威度はそれほどではありませんが、武器に毒を塗っていることが多いですので、不用意に攻撃を食らわないよう注意してください。主な攻撃は毒を塗った槍による刺突ですが、体格が小さいので……」


 そんな感じで、ドルトン周辺に出没する魔物を平面魔法で再現しながら講座を進めた。

 生徒たちの様子を見る限り、概ね好評だったようだ。終了後には、目をキラキラさせた若い冒険者に囲まれ質問攻めにされるほどだった。

 ほとんどが魔物についてじゃなくて魔法についての質問だったけど。

 他の講座も概ね問題なく終了したようだ。皆で報告会と反省会をしてから解散となった。まだ見極められるほど生徒とは交流できていないから、人材発掘は今後の課題だな。ちょっとプランを練ってみるか。



 充実した一日を終えて、十二月のドルトンの夕暮れを歩く。まもなく年末、この世界の冬至だ。陽が沈むのも日に日に早くなっている。

 もう年末か、今年の一年は早かったなぁなんて考えながら、先に戻って夕食の支度やら家事やらをしているはずの皆が待つ屋敷へと歩を進める。


 ……年末? 何か重大なことが年末にあった気がする。なんだっけ?


 税金は冒険者ギルドの口座から引き落とされるはずだし、ボーダーセッツやジョンの村からの報告と決済も処理した。

 年越しの準備も皆に指示したし、年始の賀詞交歓会用の衣装はサマンサが作ってくれている。

 皆に渡すボーナスも準備してある。でも何かを忘れているような……はて?

 思い出せそうで思い出せない、そんなもどかしい思いをしながらも屋敷へと向かう。

 やがて屋敷が見えてきて、その玄関前に腕組みをして仁王立ちをしている人物を見た時、自分が何を忘れていたのか思い出した。


「やっと帰って来たわね! おかえり、ビート! 今日からよろしくね!」


 それは学園を卒業して帰ってきたジャスミン姉ちゃんだった。鉄砲娘がうちにやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る