第229話

「それで、犯人は捕まったの?」

「いや、逃げられた」


 翌日、王様に呼び出された俺と子爵そんちょうは、またもや陽の差さない王城の奥、青薔薇の間へと通されていた。

 この部屋って本来、国の重鎮だけが通されるんだよね?

 俺、かなり頻繁にっていうか、ほぼ毎回ここに通されてるんだけど、いいの?

 俺の質問に、王様は苦々しげな顔で答えた。そして、手の中にあった物を俺と子爵の前のテーブル上に転がす。


「神殿の塔の下にこんなものが落ちてやがった。見つかったのはソレだけだ」


 それは真鍮っぽい金属でできた、長さ八センチ、太さ二センチほどの円筒だった。途中で径が若干小さくなっている。ミルク缶を小さくして縦に引き延ばしたような形と言えば分かりやすいか?

 まぁ、要するに、ライフル弾の薬きょうだ。やっぱりな。

 一個だけなのは、二発目の薬きょうは銃に入ったまま持ち去られたって事なんだろう。


「どこかで見た形だな。出所は割れたのか?」

「いや。少なくとも王城の兵器庫や研究所からじゃねぇってことくらいしか分からなかった」

「とすると、ジャーキンから持ち込まれたか」

「多分な」


 子爵と王様が気安い口調で言葉を交わす。余人のない場合、この三人の会話はいつもこんな感じだ。敬語や謙譲語は肩が凝るから、俺もこの方がありがたい。


「狙われる心当たりは……あり過ぎるよね? 王様だもんね」

「言ってくれるじゃねぇか、小僧。だがまぁ、確かにその通りなんだよなぁ。お前ぇは何処の手の者だと思うよ?」


 む、質問に質問で返すとか、まるで子供をあしらうかのような対応。まぁ、確かに俺は子供なんだけどさ。肉体年齢だけは。


「うーん、そうだなぁ……情報が少ないから何とも言い難いけど、一番考えられるのは、ジャーキンの反王国勢力……の仕業に見せかけた、王国の貴族派かなぁ?」

「ほう。りにもって、一番面倒な場合を選んできやがったな? 理由は?」

「犯行に使用された『銃』は今のところジャーキンでしか作れないよね? で、作られた全ては資料ごと王国が接収したことになってる・・・・・・・・・。けど、多分、見つからないように隠して接収を免れたものや職人がいると思うんだよね」

「ふん、まぁ、それはそうだろうな。オレも全部を回収できたとは思っちゃいねぇ」


 苦々し気に王様がこぼす。こういう仕草ですら格好がつくイケメンはズルいと思う。チッ!


「けど、今のジャーキンに王国うちを攻撃する余裕はないはず。敗戦の賠償金でアップアップになってるだろうから。王様を暗殺しても、その賠償金が消えるわけじゃないからね。せいぜい、王太子殿下が次の王位に即位するまで国内が混乱するくらい?」

「オレへの恨みだけでやってるかもしれねぇだろ? 人の心ってやつは損得だけじゃ計れねぇぞ?」

「怨恨なら子爵を狙うでしょ? 実際に矢表に立って軍を指揮したのは子爵なんだから。後方に居た王様よりも、救国の英雄、ジャーキンむこうにしてみたら侵略の象徴である子爵を殺す方がスッキリするんじゃない?」

「うむ、あちらではオレの方が名前は売れているだろうな。悪い意味でだが。皇太子が『ワイズマンめ!』と喚き散らしていたらしいからな」


 子爵が苦笑を漏らす。こっちはイケメンというより男前だ。さまになってる。かっこいいとはこういう事か。俺の理想はこっちだよなぁ。


「うん。だから、ジャーキンが王様を暗殺する意味は薄いと思うんだよ」

「なるほどな。それじゃ、貴族派の仕業だって理由はどうなんでぇ?」

「今、王様を暗殺して一番得するのは誰かなって考えただけだよ。正確には『暗殺未遂でも得するのは誰か』ってことだけどね」

「ほう?」


 捜査の基本だよね。一番得した、あるいは得する人物の周りの『金』と『女(男)』を調べれば、大体の事件の全容が見えてくる。簡単な推理だよ、ワトソン君。


「今、王様は国内の軍や内務を改革してるよね? で、もし王様が暗殺されたら、その改革は止まる。あるいは白紙に戻される」


 近衛以外の騎士団が解体再編されて、その人員補充のために今回の大会は開かれた。

 同様に内務も改革中で、省庁の再編や無用な役職の廃止が進行中だ。


 これまでの内務には、『既に設立済みの部署の準備室室長』や『他の部署と業務が丸被りで実質的に活動実態が無い部署の部長』といった、名前だけの役職が数多く存在していた。

 本来のそれは、長年働いてきた忠臣に報いるための名誉職という扱いだったんだけど、いつしか特定の貴族家が代々世襲するものに変わってしまっていた。何もしなくてもお金がもらえる既得権益になってしまっていた。

 そして、そういった無駄な支出は少なからず国庫を圧迫していた。

 戦争で出費が嵩んだこともあって、王様はこの『貴族の聖域に』メスを入れることにした。それが現在進行中の内政改革だ。

 ついでに内務から貴族派を減らして、王家の影響力を高めようという意図もあったと、俺は睨んでいる。それが今回の事件の動機になったんじゃないかと言っているわけだ。


「なるほど、役職を追われそうな貴族派の連中が焦って手を打ってきたか」

「それだけじゃないよ。使われた凶器がジャーキン製だってことになれば、それを口実にまた戦端を開けるかもしれないでしょ? 前回は子爵っていうバリバリの王家派が活躍したから、『今回は貴族派が旗を振って功績を上げればまた返り咲ける』なんて考えてもおかしくないよね」

「動機は十分ってことか。だがよ、その場合、肝心の銃はどこから調達したんでぇ?」

「やりようはいくらでもあるでしょ。接収時に権力を振りかざして帳簿に実際より少ない量を書かせたとか、敗戦で混乱してるジャーキン軍から流出したのを密輸したとか。貴族が絡んでれば、銃の入手なんて難しくないだろうしね」


 嘘か本当か、日本のヤクザが所持している銃の大半は周辺各国の軍からの流出品だって話だ。

 ましてや、セキュリティの甘そうなこの世界の軍なら、それこそ武器庫丸ごと流出してもおかしくない。戦争のどさくさ紛れなら更に楽勝だろう。

 密輸に関しても、貴族が権力を振りかざして臨検を免除させれば簡単だ。そもそも検閲する下級官吏も貴族の縁者だったりするから、検閲そのものがされているかも怪しいし。


「まぁ、全部推測なんだけどね。容疑を固めるなら、あの塔がある神殿を調べてからかなぁ?」

「神殿をか? あそこは『いくさと狩りの神』の属神の神殿だぜ? それと暗殺犯に何の関係があるんでぇ?」

「普通、あんな塔に人は上らないでしょ? けど、暗殺犯は下見に来てるはずなんだよね。大会が決まったのが年明けすぐで、開催が二月末から。この三か月弱の間に一度か二度、犯人は下見に来てるはずだよ。王都には各主神の分殿があるから、属神の神殿へお参りに行くことは、まず無いよね? 人数は絞られるから、神官に聞き込みすれば人相と背格好くらいは分かるんじゃないかな?」


 現場百遍。これも捜査の基本だ。犯行現場には、必ず何らかの証拠が残されている。

 本当なら薬きょうから指紋を取りたいところだけど、あのポンポンとはたく粉、アレが何から出来ているか俺は知らないんだよな。銀だかアルミだかが混じっているという話は聞いたことがあるんだけど、それだけだ。

 そもそも、指紋の認知についても、まだ一般的じゃない。個人の特定に使えるようになるのは、まだまだ先の話になるだろう。現代捜査への道はまだまだ遠い。


「ふん、お前ぇとダンの意見、概ねオレやレオンと同じだな。よし、やっぱその線で進めるとすっか。で、だ。国王としてこれからどうするかなんだがよ」

「何もしなくて良いのではないか?」

「だね。折角の武術大会初回にケチがつくのはちょっとね」

「国としてのメンツか。チッ、レオンと同じことを言いやがる。オレとしちゃあ、舐められてそのままってぇのは我慢ならねぇんだがよ」

「それは裏で、当事者だけに知らしめればいいんじゃない? 主犯と実行犯を秘密裏に処分すれば、関係者への脅しにはなるでしょ」

「相変わらずガキらしくねぇことを言いやがる。分かった分かった。あとは近衛と御庭番に任せるさ」


 王様が前線に出るのはあまり好ましくないからな。後ろでデンと構えている方が、全体的に纏まりが出る。


「あとは、だ。助かったぜ、ビート。礼を言っておく。ありがとよ」

「いえいえ、どういたしまして。でも、次回の契約書は文言の変更を提案しておくよ。あれは殴られるより数段上の痛さだったからね」


 まったく、あの激痛は尋常じゃなかった。多分、全身の魔素が直接痛覚神経を刺激したんだろう。そのうえで、意識を失わないように脳の働きを制御してたんだと思う。

 俺は普通の人より魔素が多いみたいだから、激痛も段違いだったんじゃなかろうか? あんな思いはもう御免だ。


「オレもあんな決着は不本意だったんだがな、あの場では決着させざるを得なかった。それで、賞品の邸宅はお前に譲ろうと思うんだが」

「ああ、それは気にしないで。自分で買うことにしたから」

「ああん? お前ぇ、自腹でそんな金出せんのか? 王都の邸宅は安くねぇぞ?」

「大丈夫、王家主催の賭けで儲けさせてもらったからね」

「何ぃ!?」


 俺は今回、自分への単勝と、子爵が優勝で俺が準優勝という連勝単式に賭けていた。オッズから計算して、どっちが勝っても儲かるようにだ。

 俺が大穴だったから、単勝のオッズはそこそこ高かった。こっちは簡単だった。

 連勝単式の方は、優勝が本命、準優勝が大穴ということで、予想するのはやや難しい組み合わせだった。だから、実は俺の単勝よりもオッズは高くなっていた。

 どっちに転んでも高配当だ。しっかり賭けてがっぽり稼がせてもらった。具体的には、賞品の邸宅が二軒買えるくらい。

 クリステラたちにもそうするように言っておいたから、彼女たちもかなり儲けたはずだ。今頃は換金してるはず。キッカの顔は、さぞかし緩んでいることだろう。


「勝っても負けても利益が出るように、か。抜け目のない奴だ」

「まったく、何処までも可愛げの無ぇガキだぜ!」


 やっぱり、リスクは分散させないとね! リスクマネジメントは経営者の責務ですよ!


 さて、大会も終わったし、二位の賞金を貰ったらドルトンへ帰って日常に戻るとしますか。邸宅購入はトネリコさんに任せておけばいいだろう。

 あー、疲れた。帰って温泉に入ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る