第315話
王城の御庭番さんにこっそりとコンタクトを取って、暗部の人へ繋いでもらった。
御庭番さんたちは普段、王城の王族も知らないらしい隠し部屋に詰めているんだけど、俺の気配察知の前では意味がない。丸見えだ。
マイクとスピーカーを送って話しかけたら、目に見えて狼狽してた。
もしかしたらプライドを傷つけちゃったかもしれないな。今度何かお詫びの品を持っていこう。
ついでに言えば、おそらくは御庭番さんたちも知らないであろう王城の隠し通路の存在も知っている。平面魔法のパーティクル散布とカメラ機能の前には、あらゆるカクシゴトが意味を為さない。
でもこれは御庭番さんたちにも秘密にしておこう。俺だけのカクシゴトだ。
「……お気遣い、ありがたく……」
そんな手順でコンタクトを取った暗部の人と、夜の港の倉庫で密会している。やっぱ、闇取引と言えば夜の港の倉庫だよな。不変の形式美だ。
この場にいるのは俺とクリステラだけだ。他の皆は、王都の屋敷で旅の後片付けをしてもらっている。もう七月も末、直ぐに学園の後期が始まっちゃうからな。
足元には猿ぐつわをされて縛り上げられた女……カタリーナだったっけ? が転がされている。もう目は覚めていて、ものすごい形相で俺たちを睨んでいる。でも残念、その程度じゃ俺の心は動かせない。盗賊共から何回も同じ目を向けられた経験があるからな。もう慣れた。
多分、暗部の中でも中間管理職なんじゃないかな? 中肉中背、濃い茶色の短髪で、やや耳が大きいかな? ってくらいしか特徴のない男の人が暗部の使いだった。町中で見かけても三秒後には思い出せなくなるような顔だ。なるほど、いかにも暗部らしい。
アレ? こういう顔の人、何処かで見たな? 何処だったっけ……あっ、王都冒険者ギルド本部受付のロバートさんだ! 思い出そうとしても顔が思い出せなくて、ライブラリにストックしてあるスクリーンショットを見て、ようやく『ああ、そうそう、こういうロバート顔だった』って思い出せるレベルの超地味顔の人。
あっ、もしかして、ロバートさんも暗部のひとりだったり?
あり得るな。冒険者ギルドには各地の情報が集まるし、そもそも冒険者ギルドは国営組織だ。暗部が潜伏するには都合がいい。
ふむ。だとすれば、おそらく
まぁ、それはそれでいいか。連絡員が常駐してるなら、連携も楽にできそうだしな。気づいてないふりをしておこう。
暗部の人が、すごく困った顔でお礼を言ってくれた。多分、『手柄を譲られたのはプライドが許さないし、厄介事に巻き込まれた感はある。けど今は手柄が欲しい』ってところだろう。
でもダメだよ、表情に出しちゃ。気持ちはわかるけど。
「いえいえ。それと、これはこちらで調べ上げた今回の件の情報です。
俺の手から紙束を受け取った暗部さんがパラパラと紙束をめくっていく。と、その表情が徐々に驚愕に変わっていく。だから、表情を変えちゃダメだってば。
写しを取っていない。
この意味は正確に受け取ってもらえたかな? 俺たちから王様に報告することはないから、暗部の手柄にしていいよって意味なんだよ?
といってもスクリーンショットは残してあるから、いつでも複製を作ることができるんだけどね。
「……ふう。本当によろしいのですか? これが本当だとすれば大手柄ですよ? 陛下に報告すれば褒美は思いのままでしょう」
意図はちゃんと汲んでくれたみたいだ。でも、直球で聞き返すのは話術のセンスが無いね。もっと京都っぽく暗喩や晦ましを入れないと。
「んー、今回陛下から承った依頼は『ゴブリンの殲滅と首謀者の始末』だったからね。それ以外は余録だよ。余録なら、欲しい人におすそ分けしてもいいかなって」
「これが余録……いや、ありがたく頂戴いたしましょう。しかし、これほどの手土産となると、お返しに困りますね」
「気にしないで。ぶっちゃけ、一個人が抱えるには大きすぎるモノだしね。こっそり引き取ってもらったほうが、こちらにとっても都合がいいってだけの話だよ」
「一個人……辺境伯で陛下の懐刀で当代随一の魔法使いで現役最
「うん、それじゃあとはよろしくね」
ずっと困り顔だった暗部の人が、ようやく笑顔を見せて頭を下げた。まぁ、それでも苦笑って感じの笑顔だったけど。もしかして、あの困り顔がデフォルトなのか? それはそれで凄いポーカーフェイスだな。
取引を終えた俺たちは夜の倉庫街を後にした。警戒なんかはしていない。
そもそも、この倉庫は俺の持ち物だし、俺自身は貴族だから、既に身バレ顔バレしている。隠れる意味がない。
取引に夜の倉庫街を選んだのは、むしろ暗部の人に対する配慮だ。大きな
まぁ、夜中に荷物を運び出すのは怪しまれるだろうけど、それは自分たちでなんとかしてくれ。
「はぁ、これでようやく一段落かな? やっと荷が降りた感じだよ」
「いえいえ、まだ陛下へのご報告が残っておりますわ。報告するまでが依頼ですわよ?」
家に帰るまでが遠足ってか?
確かにそうなんだけど、それが一番面倒なんだよなぁ。でもやらないわけにはいかない。しょうがない、帰って報告書を書くか。
前世もそうだったけど、この出張後に提出する報告書ってやつが一番面倒なんだよな。ほんと、こういうところは前世も今世も変わらなくて嫌になる。もっと簡略化できないものかね?
◇
翌朝、うちで保護していたワッキー領の奴隷たちが無契約奴隷になっていた。主が不在状態の奴隷のことだ。大森林の拠点に連絡をとってみると、どうやらあちらも同様らしい。
おそらく、カタリーナが奴隷にされたか死んだかしたんだろう。奴隷は奴隷を持てないルールだし、死んだら契約が途中解除になるからな。
実際にカタリーナがどうなったのかは分からないけど、別にどっちでもいい。もう俺には関係ない話だ。
こういう場合、借金奴隷なら奴隷から解放されるんだけど、残念ながら彼らは犯罪奴隷なので解放されない。主不在で、誰かが契約すれば奴隷にできる状態になる。これが無契約奴隷という状態だ。
彼らのほとんどは無実の罪で奴隷にされているから、俺的には解放してあげたい。
けど、この状態で外に放り出せば、悪意ある者と意に沿わない契約をさせられて、また苦難の道を歩くことになるかもしれない。
「私どもを貴方の奴隷にしてください。もとより、すでに故郷も無く親類もおりません。誰かに捕まって、またあんな辛い思いをするくらいなら、それよりはお救いくださった貴方様のもとで恩返しをしたいと思います」
現状の説明をしたら、全員がそう返してきた。
だよな、それしか選択肢が無いよな。他に頼れる相手はいないだろうし。
保護した全員と契約し、大森林の拠点へと送り届けた。あそこなら住民の殆どが俺の奴隷だし、ゴブリンから保護した同郷のひとたちもいる。故郷を思い出して辛い思いをすることがあるかもしれないけど、世間の目に晒される街よりは暮らしやすいだろう。
ああ、ここで保護している、苗床にされていた女性たちも無契約奴隷になっているのか。彼女たちもどうにかしないと。
でも、殆どが正気を失っていて意志の疎通ができない状態だからな。再契約はできるけど、本人の意志を無視してっていうのは気が引ける。
はてさて、どうしたものやら……。
「またなにか考え込んでるのね! 『考えるバカよりスライムのほうが役に立つ』って言うでしょ! とにかく動けばいいのよ、アタシはそうしてるわ!」
拠点のリビングで頭を抱えていた俺の背中を、相変わらずの元気さでジャスミン姉ちゃんが叩く。スライム云々は、この世界でのことわざだ。前世でいうところの『下手の考え休むに似たり』とほぼ同じ意味だな。
励ましてくれているのはわかるんだけど、それでいつも騒動を起こしているジャスミン姉ちゃんの真似はできないし、したくないなぁ。背中も痛いし。
ん? ああ、そうか。その手があったか。
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