第006話

 四歳になった頃から、村を囲う柵の内側でだけ、俺は好きに歩き回れる様になった。外部との人の出入りがほとんどない事や、柵の内側は畑と浅い小川しかない事から、危険がほとんどないためだ。


 両親は畑仕事や家事、周囲の見回りなどで忙しくしており、いつも俺はひとりで村をうろついている。所謂ぼっちだ。うるせぇ、ほっとけ!


 村に同じ年頃の子供はいない。一番近い年の子も六歳年上だ。今はもう十一歳なので、大人に混じって仕事をしている。俺が生まれる三年前にもひとり生まれたらしいけど、その子は生後半年で病死してしまったそうだ。


 大人たちは仕事で忙しいため、必然、俺は一人でいる事が多くなる。

 普通の子供であれば寂しい思いをするところだろうけど、俺にとっては都合がいい。隠れて魔法を練習する事が容易だからだ。

 あの村長なら魔法が使えても酷使される事は無さそうだけど、それでもギリギリまで隠しておきたい。何かのきっかけで人が変わるというのはよくある話だからな。


 そんなわけで、俺は村の畑の、蔓が生い茂った一角に居る。既に時刻は昼過ぎで大体の農作業は終わっているため、周囲に人影はない。

 この蔓はサツマイモの仲間で、村では単に芋と呼んでいるけど、正式には森芋というらしい。

 この村の主食で、糖度が高く栄養豊富、それでいて栽培は簡単という素晴らしい植物だ。

 味はほぼサツマイモだけど、見た目はジャガイモの様にベージュの外皮でゴツゴツした形をしている。黄金千貫をもっと丸くしたもの、と言えばわかりやすいかも。

 この芋は大森林近くでないと栽培できないらしく、開拓村といえば森芋というくらい定番の作物らしい。

 年間を通じて収穫できるけど、その分地力を吸い上げる力も強くて、二年毎に畑を休ませて回復を待たなければならないそうだ。

 都市部では需要が高いらしく、開拓村へ来る行商人はこれを求めて訪れると言っても過言ではないのだとか。


 この芋は日の光を浴びて糖分を蓄えるのだそうで、俺の様な子供だと胸元まで隠れるくらいまで葉を茂らせる。そのため手元で魔法を使っても、離れたところからでは見つかる心配がない。それでいて俺が居る事は分かるから大人達に心配させる事もない。多分、虫取りでもしていると思われているんじゃないかな? 安心して魔法の練習ができる、いい修行場だ。


 あれから色々と試したんだけど、どうも俺はあの3DCGの様な魔法しか使えないっぽい。火や水、風や土、光や召喚という魔法も試してみたけど、何も起きなかった。残念。


 その代わりと言ってはなんだけど、その3DCGの様な魔法では色々出来る様になった。

  元の世界の3DCGでは、その精細さの指標として『ポリゴン』と呼ばれる三角形の個数を使う事が多かったけど、俺の魔法もどうやらこのポリゴン数に大きく左右されるみたいだ。


 初めて魔法を使える様になった頃は百ポリゴン程作ると、魔力というかMPというか、そういうものが切れていた。

 今は隠れて練習していた甲斐もあってか、一万ポリゴンくらいまで作れる様になっている。驚きの進歩だ。おかげで色々と複雑な形状の物も作れる様になってきた。

 それだけでなく、当初はすべて光沢の少ないグレーの材質の物しか作れなかったけど、今は色や光沢、反射や透明度、屈折率といった、様々な材質を表現できる様になっている。

 更に、以前は作り出したものを弄って形状を変化させていたけど、現在は頭の中で形状と材質を思い浮かべたものを出現させる事が出来る様になっている。出現させてからは微調整するだけで済むので、地味にこの進歩が一番ありがたい。


 作り出した物体の強度だけど、どうやら籠める魔力量に比例し、体積に反比例するらしい。

 最初に作ったプレーン(板)は厚さが無い為体積も無く、最低限の魔力しか籠められなかった。その場合の硬さはラングドシャクッキーくらいかな? パリパリサクサクなアレ。

 それが正四面体、つまり三角錐になると途端に強度が上がり、木の幹に突き立つくらいになった。流石に、石にぶつけると負けて砕けてしまったけど。

 大きな三角錐を作ると消費魔力も大きくなり、魔力を込めると硬度も上がる。魔力を込めた三角錐なら、木どころか石にも穴が開くくらい硬くなる。


 この特性に気付いたとき、その有用性に思わず小躍りしそうになった。いや、実際にちょっと踊ったけど。怪しい踊り。

 使用魔力が体積に比例するという事は、『極薄に成形すれば、僅かな魔力で高硬度を得る事が出来る』という事だ。極薄という事は体積が小さいという事だからな。

 試しに極薄三角錐を作って小石に切り付けてみたら、ほとんど抵抗なく石が真っ二つになった。断面は研いだ様に滑らかで、こんなものが転がってたら不審に思われるんじゃないかってくらいツルツルだった。ちょっとビビった。証拠隠滅のため、その石はさらに細かく切って砂にしておいた。


 実は、他にも気付いた事がある。この魔法は進化、いや、機能が追加あるいは解放されるという事だ。

 最初は使えなかった材質設定の外にも、一度作った形状や材質を記憶しておいて、同じものを即座に作る事ができる『ライブラリ』という機能が、いつの間にか追加されていた。

 前世で使っていたツールにも同じ機能があったけど、魔法を使える様になった当初は使用出来なかったはずだ。

 熟練度が上がった事で使える様になったとしたら、これからも有用な機能が追加されていくに違いない。なにしろ、元々の世界でもあの3DCGツールは扱い切れないほどの機能を持っていた。アレやアレの機能が使える様になれば、正に万能魔法と言えるだろう。実に楽しみだ。


 そんなわけで、今日も今日とて、いそいそと魔法の研究と習熟に励んでいる。

 今は材質設定と消費魔力の関連を検証中だ。

 芋畑にしゃがみ込み、直径十センチくらいの球を作り、材質設定を変えてみる。透明度や反射率、屈折率を色々変えると、周りの風景が歪んで見えたり自分の顔が映り込んだりする。


 むぅ、どうにも気になるんだよな、俺の見た目。


 身長は一メートルちょっと、体つきはやや細身だろうか、二十キロはない。

 服装は生成りで半そでの襟なしシャツと、膝丈のブラウンのハーフパンツだ。

 顔つきは子供特有の丸顔だけど、少し細面かな。目は大きめでややツリ目、鼻は子供らしく少し低い。将来的には、親の遺伝子が生きているなら、鼻は高くなるだろう。

 総じて、普通の子だ。ここまでは。

 問題は髪色で、両親のどちらにも似ていない灰色の髪が、ツンツンに立つくらいまで短く刈り込まれている。

 そう、白でも黒でも銀でもなく、灰色なのだ。陽が当たると銀髪に見えなくもないけど、あまり光沢のない灰色というのが一番しっくりくる。


 ってか、これってプリミティブのデフォルトカラーだよな?


 この世界の髪にピンクやらブルーやらが有るならいいんだけど、そうじゃない場合は目立つ色かもしれない。無意味に注目を集めるのはあまり良い事が無さそうだし、今度村長にそれとなく聞いてみよう。今のところ、それを理由に迫害されるというような事は起こっていないけど。


 魔法の研究に戻るか。


 魔法を使うと魔力(昔はナニカと言っていた)が抜けていく感じがする。作った物の材質を変更する時も、同様に多少魔力が抜けていく感じがする。

 けど、透明度や屈折率、反射率を大きく変えても、抜けていく魔力の量に違いは感じられない。どうやら、設定する材質の違いで消費魔力が変わるという事は無い様だ。


 正直、これは意外だったけどありがたい。


 何が意外だったかというと、3DCGツールだと、透明度や屈折率、反射の設定をすると急に重くなる(処理が遅くなるという意味のコンピューター用語)事があるのだけれど、この魔法ではそれがないからだ。

 この重くなる現象の原因は『レンダリング』にある。

 3DCGでは、作ったものを画像として出力するレンダリングと呼ばれる作業が必ず発生する。

 屈折や反射といった複雑な要素が絡むと、このレンダリングに必要な計算が増えて重くなってしまうのだ。

 しかし、この魔法ではそれがない。

 おそらく、現実では反射や屈折などは勝手に行われるからレンダリングの必要がなく、余計な負荷が掛からないという事なのだろう。『重くて動きが時々止まる』なんて事が無くて良かった。


 それはそうと、いつまでも『3DCGの様な魔法』では呼び辛いな。何か簡単な呼び名は無いものか。

 ……そうだな。ここはひとつ、ラノベの定番である空間魔法や召喚魔法、時空魔法に対抗して、『平面魔法』と呼ぶ事にしよう。数学的にもポリゴン=三角形=平面だしな。英語だとポリゴン○ジックだ!

 ……なんかヤバい気がするから、英語で呼ぶのはやめておこう。


 お、誰かが近づいてくる。この気配は父ちゃんかな。今日はここまでだな。


 異世界補正なのか魔法を使える様になったからなのか、俺は気配に敏感になった。今も、この村に住む人達全員の位置がわかるし、一キロほど離れた大森林の魔物らしき気配もわかる。

 ……最近ちょっと増えているみたいだな。何か起きているのかも?

 今度確認に行ってみるか・・・・・・・・・

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