第一章:幼年期編
第005話
俺、ことビートは五歳になった。
お前誰だよって? 例の異世界転生した元デザイナーです。
俺の名前はビートになった。
『なった』というのは、二歳になるまで俺には名前が無かったからだ。どうやらこの世界では乳児の死亡率がかなり高いらしく、二歳になるまでは愛着が湧かないように名前を付けない習慣があるらしい。なので、俺に名前が付いたのは翌年の年明けだった。この世界での年齢の数え方は数え年だった。
ちなみに『ビート』は音楽的なアレじゃなくて、サトウダイコンの仲間の『ビーツ』からだそうで。和名なら『大根太郎』だったかもしれない。何故だか知らないけど、名前は外国風で助かった。
この四年間で、色々なことも知ることができた。
先ずは暦から。
一年は三百六十日、ひと月は三十日だけど、週という概念は無く、十日を区切りとした『旬』という単位を使っている。現代日本でも上旬、中旬、下旬と言うから、これは問題ない。町や村、あるいはその人の生活リズムによって異なるらしいけど、旬のうち八日働いて二日休むというのが一般的な生活リズムらしい。大体は四日働いて一日休む形式なのだとか。
無論、農奴に休みはない。ブラックだ。
一日の時間は、体感では二十四時間なんだけど、細かく区切られてはいない。大雑把に太陽の位置で判断しているようだ。
例えば、日が出れば『朝』、日が昇りきって『昼』、日が沈むころが『夕方』、日が沈んだら『夜』といった感じだ。当然、分や秒といった概念もない。大らかなものだ。
日本では、新年は冬の真っ只中だったけど、こちらでは冬至の翌日が元日になる。太陽の動きに合わせて暦が作られていることがよく分かる。
ちなみに、月はちゃんと空に浮かんでるけど、丸くない。歪な岩塊といった感じで、見ようによっては角のない正八面体のようにも見える。
大きさは地球の月よりも若干大きい感じがする。公転周期は月だけに三十日だけど、その形と自転周期の関係上、月齢というものは無いようだ。
次に気候。
この辺りは、地球でいうところの亜熱帯から温帯にかけてあたりの緯度のようだ。あまり明確じゃないけど四季もあり、沖縄か台湾あたりの気候が近い気がする。
年間を通して温暖で、冬でも氷点下にはならない。夏は四十度以上に気温が上がることもザラだけど、耐えられないほどではない。というのも、夏に南から来る湿った空気が山脈に遮られ、空気が乾燥するからだ。乾季だな。
逆に、冬は北からの空気が山脈で押しとどめられ、雨が多く降る。雨季だ。その雨は山から滲みだし、川となって森を潤すというわけだ。山の中腹以上では雨は雪になり、夏にかけて徐々に融けだす。
そのおかげで、乾季ともいえる夏でも水不足になることはない。今は春の終わりごろで、一年で一番過ごしやすい時期だ。
そしてこの村。
ここは開拓村だ。開拓村とは『近隣一帯を治める貴族の庇護下に無い、自治権を持つ辺境の村』のことらしい。
税収を増やしたい国と、領地を得て貴族になりたい庶民の思惑が合致した結果が、この開拓村という制度なわけだ。
開拓するのは何処でもいいわけではなく、この村の南に広がる『大森林』と『竜哭山脈』、さらにその南にあるという『大密林』の近辺に限られるのだとか。
この三つの地域は、近隣の森や山に比べ数段凶暴で強い魔物が生息する『魔境』であるそうだ。当然危険も多く、五年を待たずして全滅する開拓村がほとんどらしい。
貴族の庇護下に無いということは、これら魔物や盗賊などから、自らの手で身を守らなければならないということでもある。それでも、村を大きくして開拓を成功させれば、代表者はいずれ爵位を与えられ貴族に叙せられることになる。平民が貴族になれる、数少ないチャンスなのだそうだ。
そのような事情で出来た村のひとつがこの開拓村だ。村の名前は、村長の名前から『ダンテス村』というらしい。元冒険者|(やっぱりいるらしい)の村長ダンテスが、その活動で手に入れた資金で奴隷を大量に購入し、冒険者時代に目を付けていたここに村を作ったのだそうだ。
村の人口は現在四十人弱と、まだまだ規模は小さい。しかし、元冒険者だった村長が自ら奴隷たちに剣術や槍術、弓術を教えているため村の防衛力は高く、順調に村の規模は拡大しているそうだ。現在開拓から十二年目で、俺はこの村で生まれた八人目の子供らしい。その内四人は三歳までに病死したそうだ。
ここまでの話は、その村長に教えてもらった。俺のご主人様でもあるんだけど、『ご主人様』ではなく『旦那様』あるいは『村長』と呼ぶように言われている。
「そんちょー、おはなしきかせてー」
俺はよく村長に冒険者時代の話をせがみに行く。外界の情報を、あるいはこの世界の情報をもっと知りたいからだ。村長とその妻と娘以外は全員奴隷なので、あまり教養や世間のことを知らないのだ。うちの両親もその例に漏れない。
村長は意外に若い。おそらく四十歳を超えるかどうかというところだろう。
髪は赤毛のザンギリ短髪で、ぶっちゃけ、ゴリマッチョだ。百八十センチちょっとの身長だけど、体重は百キロを超えてるんじゃないだろうか。腕も首も胸板も、何もかもが筋肉で太い。弛んでいる印象は全くない。
顔つきもゴツいけど、よく見れば不思議な愛嬌を感じる。あごを縦に走る傷痕が強面を際立たせてしまっているけど。
その外見に反して、性格は非常に穏やかだ。厳しくするところでは厳しいんだけど、それ以外では鷹揚に構えて声を荒げる事がない。強い男の余裕みたいなものを感じる。
俺たち奴隷を物扱いすることもなく、多少仕事でミスをしたくらいでは罰を与える事も無い。この人の奴隷であった事は、俺にとっても幸運だったと思える。
普段は村周辺の見回りを仕事にしているけど、昼頃から夕方にかけては自宅で鍛錬をしていることが多い。その鍛錬の合間を狙って、まだ仕事を割り振られていない俺はよく話を聞きに来ている。今も、日課の大斧の素振りを終えたところを見計らって声を掛けている。ちなみに、村長は方言じゃない。
「また来たのかビート。お前も飽きないな」
手ぬぐいで汗を拭きながら村長が答える。
「そんちょーのぼうけんのおはなし、ぼくすきなんだー」
村長の目が優し気に細められる。
「そうか、じゃあ今日はダンジョンの話をしてやろう」
ダンジョン! そんなもんまであるんかい! 流石は異世界、お約束を外さないな!
「だんじょん! だんじょんってどんなの?」
「ダンジョンはゴーレム等の一種で、魔法的に生まれてくる魔物だ」
ダンジョンが魔物? どういうことだ?
「魔素が濃いところに生まれ、洞窟や迷路のような姿をしている。そこへ周辺の魔物や動物を呼び込んで、住みつかせるんだ。だから動き回ることはない」
「うごかないの? ほかのまものといっしょにいるの? なんでそんなことするの?」
「本当かどうかは知らないが、魔石を守らせる為だと言われている。ダンジョンの最深部、一番奥にはダンジョンコアというダンジョンの魔石があるんだ。それを守らせるために魔物を住みつかせているらしい。ダンジョンの中は魔素が多くて、魔物には住みやすいだろうからな」
魔物は多くの場合、魔石と呼ばれる魔力結晶体を体内に持っている。一般的に心臓の近くにあり、大きい魔物ほど大きい魔石を持っている傾向がある。
この魔石は魔法を使う道具、『魔法具』の材料として需要が高く、冒険者のメイン収入になっている。この知識も村長に教えてもらったものだ。
「ダンジョンには心臓はないんだがな。魔法的な生まれ方をする魔物もいるから、その一種だと言われているんだ」
「へー、へんなのー」
なるほど、納得できる解釈だ。やっぱり村長の話はためになる。
「俺もそう思うがな。そのダンジョンコアを壊すか取り去るかすると、ダンジョンは死んで成長を止める。コアがあると徐々に自分を拡張させて、どんどん巨大になっていくんだ」
ほほう、その理論だと、大密林には超巨大ダンジョンが居そうですな。竜哭山脈以南の大密林は、人跡未踏の秘境だからな。
「そんちょーはだんじょんにいったことある?」
「ああ、あるぞ。というか、その時手に入れたダンジョンコアのおかげで、この村を作る資金が出来たんだからな」
なんと、資金の元手はダンジョンコアだったか。
「すごーい! だんじょんやっつけたの!?」
「ああ、落ちた落とし穴が偶然コアの近くに通じててな。まだ生まれて五十年くらいしか経っていない若いダンジョンだったみたいだが、コアはこのくらいあったな。色はきれいな濃い紫色だった。」
そう言って村長が右手の人差し指と親指で十五センチくらいの間隔を作る。直径がそのくらいの球形だとしたら、確かに破格の大きさの魔石だ。この辺に出る熊のような体長三メートルくらいの魔物『大爪熊』でも、魔石の直径は二センチくらいだからな。
「みたい、みたい、ぼくもだんじょんこあみたい!」
なるべく子供っぽく言ってみるが、これには本心も混じっている。ダンジョンがあるなら潜ってみたいし、コアも拝んでみたい! 魔法、ドラゴンと並ぶファンタジーの代名詞だしな!
「そうか。でもダンジョンに潜るにはもっと大きく成らないとな」
そういって村長は俺の頭をワシワシと撫で、訓練に戻って行った。今日の話はここまでということだな。
うん、今日もいい話を聞けた。俺も家に戻るとしよう。
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