第013話

 ビンセントさん達は二〜三日村に逗留した後、交易品である森芋を荷馬車に満載して帰るそうだ。いや、帰る前に北の交易都市で半分売り捌くんだったか。北に行くほど芋の需要が高く、それ故に高値で売れるのだそうだ。商魂逞しい。

 この村から交易都市までは馬車で八日というから、だいたい東京から伊勢神宮までくらいだろうか。一生に一度は行かねばなるまい。

 更に北に行くと王都らしいけど、そこまではビンセントさんの商圏ではないそうだ。

 そんなわけで、昨日の夕方に着いたばかりのビンセントさん達は、明後日まで村に逗留することになっている。まだまだ開拓の途上にある村なので宿屋は無く、泊まるのは村長宅と共同宿舎だ。

 共同宿舎というのは独身寮の様なもので、未婚の奴隷達が集まって暮らしている。広さは村長宅と同じくらいで、間取りは5DKの平屋。現在は四人の女性(全員奴隷)がふたりずつペアで部屋を使用している。ビンセントさんの護衛は女性ばかり四人なので、余ってる部屋を利用してもらおうということだ。


 この村では、男衆と一部の独身女性衆には戦闘訓練が義務付けられている。村長の方針だ。既婚者の女性には家事や子育てがあるので強制ではない。

 辺境であるため、強くて困る事はない。特に女性には色々と脅威があるし。

 そんなわけで、毎日昼過ぎからの数時間は訓練タイムだ。内容は日によって少し変わるけど、大体『素振り』と『模擬戦』を数セットやって終了だ。

 今日と明日は、その訓練に冒険者たちが混じる。


「あの『旋風』ダンテス様に鍛えてもらえるなんて、光栄の極みです!」


 冒険者の一人、盾剣士のウルスラさんが興奮に顔を赤くしながら言う。

 旋風って、もしかして村長の昔のふたつ名? 実は結構名の売れた冒険者だったのかな?


「村長、知り合い?」

「いや、今回が初めてだ。大方、昔の話に尾ひれがついて大きくなってるんだろう」


 ちょっと嫌そうな嬉しいような、複雑な表情で村長が答えてくれた。


「何言ってるんですか、『キース迷宮ダンジョン攻略』に『第三次ガザ平原侵攻戦』、それに『ドルトン防衛戦』なんて、今でもベテラン達の語り草ですよ! 冒険者の憧れです!」

「う、うむ、そうか」


 ウルスラさんが熱く、いや暑く語る。勢いがありすぎて正直引く。村長も引いてる。

 しかし、結構な腕前だとは思ってたけど、やっぱりひとかどの冒険者だったんだな、村長。

 重さ二十キロ近い両手持ちの戦斧を軽々扱ってるから、並の腕前じゃないとは思ってた。もう引退して十年以上経つはずなのにまだ語り草になるとか、どれだけ暴れてたんだか。

 アンナさんやウルスラさんはまだ二十歳を少し超えたかどうかというところだ。村長が引退した頃はまだ幼児だったはずで、当時を覚えてるはずはない。つまり、少なくとも最近まで話題に上がるほどの暴れっぷりだったんだろう。


 キラキラした目で村長を見つめるウルスラさんは放っておいて、訓練が開始される。

 今日の参加者は、父ちゃん達村人十一名に冒険者四名と村長、そしておまけの俺を入れて総勢十七名だ。

 俺はまだ身体が小さいので、正式に参加しているわけではない。皆が訓練しているのを見て子供が真似ているだけ、という扱いだ。

 適当な長さの竹(種類は分からないけど、この世界にも生えてる)を剣に見立てて素振りをしたり、木の枝から吊るした薪を打ち付けたりしている。皆の微笑ましい視線がこそばゆい。やめて、見ないで。

 俺自身の戦闘スタイルは二年前からずっと変わっていない。『コソっと近づいて、気付かれないうちにサクッと急所を突く』という、言うなれば暗殺者スタイルなんだけど、正攻法の戦い方も覚えておいて損はないと思って参加している。

 剣が使えるとカッコいいかも、とか思ってないよ?


 しばらく素振りをした後、模擬戦が始まる。俺は見学なので、しばらく横目で観察しながら、吊るした薪をペシペシ叩く。


 ……なんか、ぬるいんだよなぁ。


 今日は冒険者がいるからとかじゃなく、いつもと変わらないんだけど、皆、動きは遅いし力も弱い。

 村長は力強い方だとは思うんだけど、森の魔物ほどではない。

 うん、分かってる。俺の基準がおかしい。森の魔物が基準だからな。普通の冒険者ではとても敵わない奴らを小遣い稼ぎの感覚で相手してるから、感覚がおかしくなってる。これは将来的に問題になるかもしれない。気を付けよう。


「飽きた!遊んでくる!」


 俺は子供の特権『気まぐれ』を発動させて訓練を抜ける。


「夕方には戻ってくるんだぞ!」

「分かったー!」


 こういう時、子供は得だ。

 村長に軽く答えて畑の方へ向かう。もちろん、脱走して森へ向かうためだ。今の時間、大人たちは訓練か家事をしているので畑は無人だ。脱走には都合がいい。鍛えるなら実践が一番だ。魔石も溜まるしね。



 気配察知で周囲を探ると、ソコソコの数の魔物が引っかかる。ほぼ毎日狩りまくってるのに、全く減った様子が無い。何処から湧いて出てるんだか。ほんと、大森林は異常だ。


 今日はちょっと趣向を変えて、訓練する感じで狩ってみよう。

 やり方は単純。手ごろな魔物の処へ行き、姿を晒して正面から戦うだけだ。

 普通の七歳の子供なら無謀としか言えない行為だけど、俺には平面魔法がある。そうそう危機に陥る事は無いだろう。


 手近で見つけたのは、この近辺では最強に近い種の『大爪熊』だった。

 見た目はそのまんまヒグマだ。ただし、四メートル近い体長と五十センチくらいある前足の爪を除けばだけど。その爪を初めて見たとき『トト○だ』と思ったのはしょうがない。

 以前父ちゃん達が狩った大爪熊は三メートルくらいだったけど、森の中で出会う奴らは四メートル以上ある事もザラだ。あれはまだ独り立ちしたばかりの若熊だったんだろう。


 なんにせよ、訓練には丁度いい。

 身体強化を軽く発動させた後スカイウォークを解き、わざわざ音を立てて目の前に降りてやる。距離は大体五メートルくらい。

 訓練に使っていた竹の棒を剣、いや刀に見立てて構える。ヘソの前で剣を握り切っ先は相手の目の方へ向ける。所謂正眼の構えだ。高々七年程しか見ていないこの世界の剣術より、二十年以上見慣れた剣道や時代劇の動きのほうがしっくりくる。

 大爪熊は突然降ってきた俺に驚いたようだけど、森では捕食対象でしかない人型生物を前に、食料を得られる喜びを露にしている。ぶっちゃけ、舌なめずりしながらゆっくり近づいてくる。

 先程丁度いいと言ったのは、この近辺では敵う者の無い大爪熊は、他の狩られることのある魔物と違い、初見の生物をあまり警戒しないからだ。餌にすることの多い人型生物ならなおさらだ。だから逃げることなく向かってきてくれる。


「ほれ、掛かってきな」


 俺の言葉が解ったわけではないだろうが、スピードを上げた大爪熊は俺に食いつこうと飛び掛かってくる。俺は左にサッと移動しつつ体を四分の一回転させて、俺の横を通り過ぎる大爪熊の右前足に竹棒を叩きつける。竹棒は平面魔法でコーティングしてあるので、しなる事が無い代わりにかなり頑丈になっている。

 折れるほどではないけど結構な痛みだったらしく、大爪熊は怒りを雄叫びに変えつつ後ろ足で立ち上がり、両前足を振り上げる。

 いわゆる万歳の格好なんだけど、はっきり言って隙だらけだ。いつもならサクッと心臓か眉間を刺して終わらせるところだけど、今日は訓練と思ってるので、敢えてその隙は突かない。

 振り上げた両前足をほぼ同時に振り下ろしてくる。村長の両手斧振り下ろしより明らかに速い。俺は半歩左前方に踏み出しつつ、斜めに傾けた竹棒でその爪を受け流す。


「うおっとぉぅ!?」


 タイミングも角度もばっちりと思ったのに、やはりウェイト差は如何ともし難い。俺は二メートル程押し飛ばされてしまった。たたらを踏んで何とか転倒は免れたけど、その隙に大爪熊が間合いを詰めてくる。

 今度は鮭を獲るかのように、左前足を横薙ぎに払ってきた。

 俺はバックステップで躱しつつその前足を竹棒で叩く。ダメージ目的ではない。

 大爪熊が左右の前足を交互に続けて払ってくるけど、俺は同じようにバックステップしつつ、あるいは勢いに逆らわずに横に飛んで、その都度前足を叩き続ける。

 焦れた大爪熊はまたも万歳のポーズを取る。狙い通りだ。今度はその隙を見逃してはやらない。一気に間合いを詰め、横薙ぎの一閃をがら空きの胴に叩き込んで背後に抜ける。

 本物の刀なら、致命的な一撃だったことだろう。しかし、いくら身体強化していて平面魔法で硬化しているとは言っても、所詮は子供が竹棒で叩いたに過ぎない。アバラにヒビくらいは入っているかもしれないけど、大爪熊は怒りの咆哮を上げながらこちらを振り返る。まだやる気らしい。


 でも今日の訓練はここまで。この後日課の魔石集め(魔物狩り)しないといけないからな。


「訓練に付き合ってくれてありがとう。お疲れ様でした」


 竹棒の先から錐のように伸ばした不可視のオブジェクトで、サクッと大爪熊の眉間を突く。何をされたかも分からないまま、その場に大爪熊は倒れこんだ。二度と立ち上がることはないだろう。

 平面魔法で作ったナイフで、大爪熊の胸のあたりを切り開いて魔石を取り出す。

 その作業をしながら、課題について考える。


「やっぱウェイト差はどうにもならないなぁ。身体の成長を待つしかないか?」


 平面魔法で何とか出来るだろうか? 追々考えていくとしよう。とりあえず今は日課の魔石集めだ。


 さて、次はどいつにしようかな。

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