第014話
大爪熊の魔石は二センチちょっとの大きさだった。大爪熊としては標準的なサイズかな。それでもオークのボスよりデカい。流石は捕食者といったところか。
今まで手に入れた魔石で最大のものは、やはり大爪熊のもので四センチちょっと。そいつは体長五メートルを超える大きさで、体重なんて一トン近くあったんじゃなかろうか。まあ、死角からサクッと刺して瞬殺だったんだけどな。
……なんか、自分がとんでもない反則してる気がする。大森林のルールを無視しまくってる感じ。どんなルールかは分からないけど。
『弱肉強食』だとしても、俺は食ってる訳じゃないしな。なんか申し訳ない気がしてきた。目標に達したら、必要分だけ狩るように心がけよう。
というわけで、今日の目標個数五十個をサクッと集め終えた、いつも通りに。
反省? さっきしたし。悲しいけど、これって生存競争なのよね。
さあ帰ろうかなと思ったところで、村にほど近い森の中に一匹の魔物の気配を見つけた。村が襲われると厄介なので、やばそうな奴なら狩っておこう。
そこに居たのは『
こいつは森に適応した牛系の魔物で、平均四メートル超という巨躯の持ち主だ。
角は湾曲しながら、横ではなく前方に伸びている。突き刺す気満々だ。
体色は茶色に緑の斑、いわゆるジャングル迷彩になっている。どこのヤンキーだよ。それともサバゲオタクか?
大森林は面積こそ広いものの、生えている木の密度はそれほどでもない。疎らとまでは言わないものの、数メートルは離れている。体躯の大きな魔物でも余裕で移動できる間隔だ。
植生はほとんどが常緑広葉樹で、下草もソコソコ生えている。大型で草食の魔物が生きるには悪くない環境と言えるだろう。
大角野牛はそうした魔物の一種で、この近辺のヒエラルキーで言うと上の下くらいの魔物だ。オークの二、三匹なら余裕で蹴散らす。その突進が決まれば、大爪熊ですら退ける実力の持ち主だ。
眼下(スカイウォークで上から見てる)のそいつは体長四メートルを少し超える、この辺りでは平均的なサイズだ。通常は数頭の群れを作るんだけど、こいつはハグレなのか一頭だけだ。
偶(たま)には肉喰いたいな。こいつ、村に追い立てるか。
暢気に下草を
流石に異変に気が付いたようで、走って森の奥へ逃げ出そうとするけど、平面の壁にぶつかって跳ね返された。それからは狂ったようにあちこちへ走り出すけど、数歩進むたびに壁へと激突し、パニックに拍車がかかっている。
暴れる大角野牛を尻目に、俺は一足先に村へ帰る。平面魔法は、俺が認識してる間であれば、見えていなくても消える事が無い。流石に寝ている間までは維持できないんだけど、ちゃんと起きていれば二キロくらい距離が離れていても大丈夫。
村に帰った俺は大角野牛を解放すると、村長の処へ向かって走る。身体強化は使わない。解放された大角野牛は、パニック状態のまま村へ向かってきている。
「村長、森から魔物が来るよ! でっかい奴が一匹!」
「なにっ!? デント、グレン、ピース、セージ、行くぞ! 他の者は南の柵近辺で待機だ! ビート、よく知らせてくれた。家で待ってろ」
村長に魔物の来襲を伝えると、村長は即座に指示を出して門へと向かった。訓練の真っ最中だったから、準備は既に出来ている。
「僕も畑から応援するよ!」
家に居ても気配察知を使えばある程度状況は分かるけど、やはり目の前で戦ってくれた方がサポートしやすい。
「っ、危ないと思ったらすぐ下がるんだぞ!」
「うん!」
よし、了解を取り付けた。これで安心だ。
村長達が柵の南側に陣取ったとき、大角野牛は既に畑まで約百メートルの位置にまで迫っていた。
「大角野牛だ、並の攻撃では止まらんぞ! セージ、ピース、引き付けて弓を打ち込め。狙いは甘くてもいい、全力で撃て!」
「「はい!」」
そう指示を出してる間にも大角野牛は近づいてくる。父ちゃんたちまでは約六十メートル。
「グレン、受けようとするな! 跳ね飛ばされるぞ、流せ! デントもグレンも、出来るだけ足を狙え!」
「分かっただ!」
父ちゃんは返事して、デントさんは頷いただけだ。デントさんは無口キャラだった。
そして大角野牛は、既に父ちゃんたちまで四十メートルの距離にまで迫っている。父ちゃんたちに狙いを定めたのか、逸れる気配はない。
そして二十メートルまで近づいたところで、
「今だ、撃て!」
村長の合図で、セージさんとピースさんが、引き絞った長弓を放つ。風を切って飛んだ矢は、一本は右の肩口に刺さり、一本は角に弾かれて明後日の方向へ飛んで行った。
俺の支援のタイミングもここだ。大角野牛の足元に
大角野牛が立方体に躓いて盛大に転ぶ。前転しても勢いが衰えず、そのまま三回横転して漸く止まった。矢が当たったタイミングだったから、皆には矢のせいで転んだように見えたはずだ。不自然には見えなかっただろう。
「今だ、グレン、デント、突っ込むぞ!」
村長の合図で父ちゃんとデントさん、そして村長が突っ込む。セージさんとピースさんは二本目の矢を番えて、距離を取りつつ後を追う。
そこからは全く危な気なく事が進んだ。転倒した際に左前足が折れたらしく、起き上がろうと藻掻く大角野牛をピースさんとセージさんが矢で弱らせ、村長が頭を叩きつぶして終わりだった。父ちゃんとデントさんは全く見せ場が無かった。
これで今日は肉が食えるな!
◇
「こ、これは!」
「なんだいこりゃ! こんな美味い物、初めて食ったよ!」
「いくらでも食べられますね!」
ビンセントさんはあまりの美味さに声もないようだ。アンナさんとウルスラさんも虜になったようで、焼ける端から手を伸ばしている。
倒した大角野牛が早速解体され、BBQにされているのだ。
元の世界では、肉類はしばらく熟成させないと旨味が足りず物足りない味にしかならなかったけど、この世界の魔物の肉は獲れたてが一番美味い。その理由は、おそらく魔素のせいではないかと俺は思っている。
元の世界の話になるけど、人間はエネルギーに変わりやすい『脂質』と『糖質』を摂取した時に『美味い』と感じるのだと聞いたことがある。ケーキやチョコレートなどはこのふたつの成分の塊のようなものだから美味しく感じるのだとか。
そして、この世界には第三のエネルギー源である『魔素』がある。
死んだばかりの魔物の肉には魔素がまだ大量に残っており、時間の経過と共に抜けて薄くなっていく。
ということは、獲れたて肉が美味いのは、まだ肉に残る濃い魔素を旨さと感じているからなのではないか? と考えたわけだ。実際にどうなのかはわからないけど、なかなか的を射ているのではないだろうか。
まぁ、ぶっちゃけ、美味けりゃどうでもいいんだけどね!
前回は豚肉に近いオーク肉だったけど、今回は牛肉に近い大角野牛の肉だ。少し筋はあるけど、サシ(細かい油の筋)も入ってて肉汁たっぷり。しかも意外に柔らかい。
これに合わせるBBQソースも油に負けないよう、少し酸味を強めにし、おろした森芋を少し加えてとろみも付けている。それによってソースが何時までも肉に絡みつき、長く味が残るというわけだ。
美食に妥協はしない!
「ダンテス様、この料理は一体?」
「ふふっ、そうか、お前でも食べたことが無い味だったか。それはな、そこのビートが五歳の頃に編み出した秘伝のたれを付けて焼いたものだ」
いや、秘伝も何も、今じゃ村のお姉さま方(年齢不問)は全員知ってますが?
アレ(第十話)以来、俺はちょっとずつ元の世界の味を再現してみている。いや、実際に再現してくれてるのは母ちゃんだけど。
醤油と味噌はまだ再現出来ていないけど、ケチャップもどきは作り出せた。
もどきというのは、トマトを使っていないから。だって、無いんだもん。
他の土地に行けばあるのかもしれないけど、少なくともこの村では育てられていない。
その代わり、よく似た味の野菜があったのだ。これはトンバという名前の、見た目が白いキュウリで中身は黄色、食感もキュウリに近いけど味はトマトという、ちょっと混乱しそうな野菜だ。それを使って作っている。
なので、このケチャップもどきは、味はともかく、色が練り辛子のように黄色くてケチャップという感じがしない。
俺としてはかなり不満なんだけど、村のお姉さま方には好評だ。うちの母ちゃんも、一時期はケチャップ味の料理ばかり作ってた。
「これをビート君が……ダンテス様、このタレの製法を教えていただくわけにはいきませんか? 無論、タダとは申しません」
「やはりこれにはその価値があるか。オレとしてはこの村の特産品にしたかったのだがな。だが他の町とは離れすぎているから、どうしたものかと思っていたのだ。そうと決まれば早速商談だな。家の中で話そう」
村長がニヤッと笑って言う。なるほど、製法を売るつもりなのか。ロイヤリティがあれば、何もしなくても収入が増える。不労収入だ。
「承知致しました。これはいい商売のタネが出来ました! っと、その前にもう一本……」
ああっ、それ、俺が育ててた串! ひどいやビンセントさん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます