第015話

「それでは、

ひとつ、料理の名前は『ダンテス焼き』とし、それ以外の名称を使用しない。

ひとつ、初年度はダンテス焼きとケチャップを合わせて大金貨二枚、次年度からは売り上げの5分(五パーセント)を独占使用料としてダンテス村に支払う。最低額として大金貨二枚以上を必ず払う。

ひとつ、ダンテス焼きとケチャップの製法は秘匿し、その労を惜しまない。

ひとつ、この契約は即日発効し、以後三年間継続する。契約は自動的に一年ごとに更新するものとし、解約は当事者の同意の上で行うものとする。

ということでよろしいでしょうか?」


「うむ、それで問題ない。モノが料理だからな。三年も経たずに製法が知られるかもしれんし、妥当なところだろう」


 どうやら商談が纏まったようだ。

 何故か俺も同席させられてた。奴隷で子供とはいえ、開発者(厳密には違うんだけど)には同席する権利と義務があるとかなんとか。

 料理の名前をダンテス焼きにしていいかと聞かれたけど、どうでもよかったので許可した。異世界でバーベキューって名前に拘ってもしょうがないし。ダンテス焼きって名前にしとけば村の名前が売れて、移住者が来るかもしれないしな。

 この契約で得られる使用権料の一割は俺の収入になる。三年で最低金貨六枚が入ってくる。これより多くなることもあると考えると悪くない。


 しかしこの契約、抜け道がいくらでもありそうな気がするんだけど、いいんだろうか?


「ねぇ、その約束を破ったらどうなるの?」

「ん? ああ、そうか。ビート君は『契約魔法』の事は知らなかったんだね」

「契約魔法?」

「ああ、『法と商売の神』に誓いを立てる魔法だ。この魔法で立てた誓いを破ると死ぬ程の苦しみと痛みを受けるんだ。神罰という奴だな」

「神罰!? 神様!?」

「そうだ。見ることはできないし話すこともできないが、神は常に我々の傍にいる。これは間違いない」


 これはびっくり。魔法があるのもびっくりだったけど、神様も居たのか。

 魔法なんていう超常の力があるんだから神様が居てもおかしくはないんだけど、今までの生活で全く聞いたことが無かったから予想もしてなかった。


 しかし、言われてみれば思い当たる節はある。


 例えば暦だ。一年が三百六十日で月の公転周期がきっかり三十日だなんて、余りにも出来すぎている。

 言語についてもそうだ。基本的に日本語で、名前や地名は欧米風のカタカナだ。文字も日本語だった。ひらがなとカタカナに漢字だ。

 漢字があるのは別にいい。カタカナもひらがなも漢字を元に作られた文字だから。

 問題は、漢字を『漢字』と呼んでいることだ。そう、『漢の国の文字』だ。そんな国の存在は歴史上何処にも無いのに。


 これら諸々の疑問をお手軽に、そして一片の不足無しに解決できる回答がある。

 それは『そういう風に世界が作られたから』だ。

 誰に? もちろん『神』だ。


「もっとも、大神殿の高位神官はお告げという形で神の声を聴くことが出来るそうですが」


 ふむ、不干渉というわけではないのか。普段は放置だけど、問題があれば警告を出すということか。まるでMMORPGのGM、いや管理プログラムかな? その管理者としての権限を貸し与えるのが契約魔法ってことか。


「神様って、その法と商売の神様だけ? 沢山居る?」

「ほう、よく気付いたな。結構多いぞ。主だったものだけでも六柱だ。そのうち教えてやろう」


 ほほう。ということは、宗教があるとしても一神教ではなさそうだ。一神教は往々にして他者を迫害するからな。神の名の下にとか言って。

 まぁ、管理者として力を行使するくらいだから、そうそう悪辣な行いは許さないか。ちょっと安心。


 ビンセントさんは肩に下げたバッグから一枚の紙を取り出した。羊皮紙ではない。色が白いから、紙の木の葉を解(ほぐ)して漉(す)きなおしたものだろう。


「これが契約魔法に使用する神殿製の契約書です。既に魔法が掛けられているので、あとはこの紙にさっきの契約内容と名前を書いて血判を押せば契約完了です」

「へー、ビンセントさんが魔法を使うわけじゃないんだね」

「はは、魔法が使えたら行商人ではなく領主か王国にでも仕えてますよ」

「うむ、オレも冒険者の魔法使いは二人しか会ったことが無い。それ以外は全て領軍の所属だったな」


 ふむ、魔法使いは国か領主が囲ってしまっているのか。数が少ないらしいし、そもそも貴族が多いみたいだしな。エリート意識丸出しで付き合いにくそうだ。

 それを嫌った少数の変わり者貴族が冒険者その他になってるってとこかな? 俺も戦争行ったり媚売ったりはしたくないし、何より自由が無さそうだから宮仕えは遠慮したい。やっぱ冒険者を目指すのが一番かな。異世界ファンタジーだしな!



 その後、契約は滞りなく結ばれた。

 最後に二人が血判を押した瞬間、契約書が青白く発光し二枚に分かれた。思わず声が出てしまったけど、初めて見る自分以外の魔法だったのでしょうがない。

 二枚に分かれた契約書はそれぞれで保管しておくことになる。魔法の力で改ざんは出来なくなっているそうだ。


「確かに。またいい商売のネタがあればよろしくお願いします」

「こちらからもよろしく頼む。とはいえ、ビート次第だがな。どうだ、何かあるか?」


 いや、子供に頼るなよ!

 と言ってはみたものの、実はネタならまだある。異世界転生ものでは定番のマヨネーズとかプリンとか。

 ただ、作りたくても卵や牛乳が無い。この村では養鶏や牧畜を行っていないので、入手の手段が無い。

 森に行けば鳥系の魔物の卵があるけど、どうやって獲ってきたかが問題になる。

 そもそも、俺はそんなに料理は得意じゃない。ケチャップとバーベキューソースだって、偶々材料を知っていただけだ。母ちゃんが居なければ作れなかった。


 俺は、前世ではピーナッツのアレルギーがあった。そのため、食品を購入する時は原材料をチェックする癖が付いてしまった。気付かずに食べると、顔や手足が赤く腫れて大変な事になってしまうからな。

 社会人になって独り暮らしするようになると、原材料表示が無い外食は避け、コンビニ弁当やレトルトばかりになってしまったのだけれど、いつも同じ味では飽きてしまう。

 そこで活躍するのがケチャップやマヨネーズ等のソース類だった。いつものレトルトもこれひとつで別の料理に変えられる。冷蔵庫の常備品だった。

 前世の冷蔵庫の中は、それらのソース類と牛乳しか入ってなかったくらいだ。それだけ買うことが多かったから、自然と原材料名を覚えてしまったのだ。


「うーん、わかんない。何か思いついたら村長に言うよ」


 作れないものを作ってしまうと色々問題になりそうなので、今は誤魔化すしかない。この村が大きくなって、養鶏や牧畜が出来るようになるまでの辛抱だ。なんかこう、スッキリしないけど仕方ない。



 この日は結構色々やっていたので、多少疲れていたらしい。夕食を食べると、睡魔に抗えずにすぐ寝てしまった。夜の狩りにも行かずにぐっすりだった。


 その日が穏やかな日常の最後の日になるとは、眠りの中にいた俺には想像も出来なかった。

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