第012話

「ビンセントさん、これは何?」


「その樽は塩だね。重たいから大人に任せなさい」


「大丈夫、運べるよ。五つ全部運べばいい?」


 七歳になった俺は今、行商人のおっちゃんこと、ビンセントさんの手伝いをしている。馬車の荷物を村長さんちの蔵に移し替えてるところだ。

 ビンセントさんはこの開拓村が出来た当初から懇意にしてくれている行商人で、中肉中背、黒髪翠眼、口ひげで四十過ぎくらいという、全体的に特徴らしい特徴が無い普通の大人だ。本拠はここから北西に行った海辺の冒険者の町『ドルトン』だそうだ。


 冒険者の町! これは、一度は行かねばなるまい!

 馬車で六日程の距離というから、大体三百五十〜四百キロの距離にあるということか。

 この世界の馬は、それほど大型ではなく足も速くない。路面が荒れていることと荷物満載の馬車を曳く事を考えると、時速八キロ程しか速度を出せない。大人が小走りで並走できるくらいの速度だ。

 休憩を挟む事を考えるとせいぜい一日八時間程しか走らせられないだろうから、そこから逆算すると大体四百キロ離れてることになる。前世の感覚だと、東京~名古屋間くらいかな。最寄りの町がその距離とか、この村が如何に辺境であるかが分かろうというものだ。

 ただし、直線移動だと大森林に沿って移動することになり魔物の危険が増すため、やや北よりの迂回ルートをとるそうなので、実際にはもうちょっと近いかもしれない。


 一斗缶くらいの大きさの木樽を両肩に一つずつ担ぎ上げ、蔵に運ぶ。ひとつ二十キロくらいか? ふたつで四十キロくらい。確かに重たいけど、身体強化がある俺には造作もないことだ。


「いやはや、本当に七歳かい? 私より力がありそうだよ」


 ビンセントさんの呆れたような感心したようなセリフに、俺は曖昧な笑いで返して荷運びを続ける。

 実際今では、全力で身体強化を施した状態であれば普通の大人以上の力が出せるようになっている。その後の反動がきついから滅多にやらないけど。その代わり、ソコソコの強化なら丸一日でも大丈夫にはなった。


 これは身体強化の熟練度が上がったというより、魔力量と魔法全体の熟練度が上がった感じだ。

 事実、平面魔法で使えるポリゴン数がこの二年でかなり増えている。もう数えるのも大変なくらいで、一千万ポリゴンを軽く超えている。ちょっと急激過ぎる上昇率に自分でもびっくりだ。

 そして、ついにライトとヌル、ジョイントとバインドが使えるようになった。


 世間ではあまり馴染みのない名称ばかりだと思うけど、これは3DCGツールの主要機能だったりする。

 ライトはそのままの意味で、光源を作り出す機能だ。意外かもしれないけど、3DCGツールでは光源の操作は基本中の基本になる。今まで出来なかったのが不思議なくらいの重要な機能だ。

 作り出せるのは電球のような『点光源』とサーチライトのような『スポットライト』の二種類。3DCGツールではもっと多くの種類があるんだけど他の光源は少々特殊なので使えなくてもしょうがない。現状ではこのふたつが使えれば十分だ。

 特にスポットライト。夜中に抜け出して狩りに行くときによく使うんだけど、これがかなり使い勝手が良い。

 円錐状の空間に入った物は光を反射して明るくなるんだけど、光源やその円錐状の空間自体は一切光らない。村の見回りや森の魔物にも見つかり難い上に、額に固定でヘッドランプにしても眩しくないし、両手もフリーになって行動を妨げない。超便利!


 ヌルというのは、座標があるだけで実体が無いオブジェクトだ。これは単体での使い道はほとんど無く、他の機能との併用で真価を発揮する。その手法は色々あるんだけど、使いこなせるかどうかが初心者と中級者の分かれ目と言われるほど、重要な機能だ。


 そしてジョイント。これはそのままズバリ関節、そして骨のことだ。

 ただし、このジョイント自体に実体はない。先程のヌルと同じだ。このジョイントにオブジェクトを関連付けし、ジョイントが動けばオブジェクトも追従して動く、という風に使うものだ。

 この関連付けをバインドという。日本語だと縛るとか結ぶとか……ドMが喜びそうな言葉だな。

 このバインド、3DCGではソフトとリジットという二種類があるんだけど、今はリジットしか使えないみたいだ。

 リジットバインドは、機械のような回転と移動のみで、オブジェクトの変形を伴わない関連付けだ。ソフトバインドは変形を伴うもの。生き物の関節回りとかだな。

 ソフトバインドが使えると作れるものがかなり増えるんだけど……いつかは使えるようになると信じて鍛錬を続けよう。

 しかし、これでようやく単純な物ではなく、複雑に動かせる物体が作れるようになった。夢は膨らむばかりだ。


 今回村で購入したものはいつも通りの塩や布、乾物等だ。この二〜三年で干し肉の購入が若干、増えてる気がする。多分魔物の襲撃が俺のせいで減った分、外部から購入しなければならなくなった為だろう。

 時々は村に追い立てるとかした方がいいのかな? 等と考えてるうちに、荷物を運び終えた。


「ありがとうビート君、助かったよ。これはお駄賃だ。大事に使いなさい」


 そう言ってビンセントさんは大銅貨を一枚くれた。


 そうそう、貨幣についても分かった。

 貨幣は全部で六種類。銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨だ。素材が三種類で大きさがそれぞれ二種類だな。

 大きさは、小さい貨幣が一円玉より少し小さいくらいで厚みは一円玉くらい。大きい貨幣は五百円玉より少し大きいくらいで厚みは五百円玉よりわずかに厚いくらいだ。

 十枚毎に上位の貨幣に換金される。つまり、銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚という感じだ。大金貨一枚は銅貨十万枚ということになる。

 円やドルといったようなお金の単位は無くて、この貨幣枚数をそのまま使うそうだ。

 貨幣の価値は、どうも銅貨一枚が前世での十円くらいのようだ。街で普通の宿屋が個室一泊素泊まりで銀貨二〜三枚って話だから、およそ二千〜三千円と考えると妥当なところなんじゃなかろうか。この辺は、ビンセントさんの護衛の冒険者の人から聞いた。

 ということは、俺の買い取り価格である大金貨五枚は大体五百万円ってことか。まだ満足に働けない子供の値段としてはどうなんだろう……それまでの養育費やらなんやらと利益を考えると、微妙にリアルな金額かもしれない。あ、実際リアルにこの額で売買されてるのか。


「ありがとう、ビンセントさん。村長に渡してくる!」


 お礼を言ってから、蔵で確認をしている村長のところへ走っていく。

 奴隷の稼ぎは一度全て主人が回収する。そのうちの一割が奴隷に報酬として与えられるのだ。

 与えられた報酬は奴隷が自由に使っていいことになっている。娯楽に使うもよし、貯めて自分を買い戻すもよし。俺はもちろん自分を買い戻すために貯めておく。

 今回の報酬は僅か大銅貨一枚、たったの百円程度だけど、これが五百万円への足がかりになる……といいなぁ。


「村長、ビンセントさんがお駄賃くれた! はい、これ!」


「ふっ、それは全部ビートが貰っておくといい。荷運びに対するオレからの報酬だ」


 俺の頭をワシワシと撫でながら村長が言ってくれた。むう、相変わらずかっこいいな。父ちゃんとは違うタイプのカッコ良さだ。父ちゃんをキム○クとすると、村長は○倉健だ。渋い。


「ありがとう、村長!大事にするね!」


 俺はお礼を言ってズボンのポケットに大銅貨を仕舞う。そこへビンセントさんと護衛の一人、アンナさんがやってきた。俺に色々教えてくれる人だ。


「坊や、お金なんて使ってなんぼだよ。ビンセントの旦那から菓子の一つでも買ったらどうだい?」

「いいのっ! 丸くて綺麗だから宝物にしとくの!」


 なんか反射的に答えてしまったけど、村長に俺の意図を気取られないための回答としては良かったかもしれない。実際綺麗だし。

 文化レベルが中世以前な割に、この硬貨は非常に精巧に出来ている。表面には天秤と月桂樹、裏面にはフクロウが図案化されて彫り込まれているんだけど、その精度は前世の貨幣と比べても遜色ない。明らかにオーバーテクノロジーだ。この辺、いずれ調べてみる必要があるかもしれない。


「いやはや、確かにお金はお宝なんですが、我々とビート君ではその本質というか見ているものが違うようで、なにやら考えさせられますな」

「ははっ、この子は賢くて物分かりが良過ぎるくらいだから、こういう子供らしいところを見せてくれると、ちょっと安心するよ」


 ありゃ、なにやら和ませてしまった。ちょっと恥ずかしい。

 どうも時々、意図せずに子供っぽい言動が出てしまうときがある。身体に引っ張られてるのかもしれない。

 いや、折角新たな人生をやり直せてるんだから、子供の間はもっと子供らしくするのもアリか。

 なんて考えてたら、アンナさんが俺を抱きかかえて頭をグリグリ撫でまわし始めた。なにやら琴線に触れたらしい。

 む、胸が! なんてお約束は無く、硬い革のブレストプレートに押し付けられてひたすら痛い。

 やめてよーとか言いつつ、子供らしく大人しく(?)撫でられておく。


「で、どうですかな。何か足りないものはありますか?」

「いや、注文通りだ。出来れば追加で塩を少し分けてもらいたいが、あるか?」

「多少でしたら。お代は追加の芋ですか?」

「いや、これで頼む。査定してくれ」

「これは魔石ですか。この大きさだと……大銀貨二枚というところですかね。塩だと二樽分です」

「分かった、それでいい。またよろしく頼む」


 おっと、撫でられてる間になにやら取引が。あの魔石は大きさが一・五センチくらいだった。それが大銀貨二枚分、約二万円くらいか。

 ということは、あのサイズを二百五十個集めれば大金貨五枚分だ。いや、奴隷の間に稼いだ分は九割主人で一割自分だから、全部で二千五百個だな。

 父ちゃんと母ちゃんの分を考えたら八千個は欲しいところだ。

 具体的な目標が見えた。あとは魔物を狩りまくるだけだ。今までに貯めた魔石は二千個くらい。残り六千個を稼げば晴れて一家揃って自由の身だ。

 よっし、やるぞー!


 それはそうとアンナさん、なんかハゲそうなんで、そろそろやめてもらえます?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る